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彼岸花が似合いませんように 中


そんな平和だった日々はとうの昔に過ぎ去り、俺がひとりぼっちになってかなりの月日が経った頃。その日はいわゆるお盆の真っ只中で、炭治郎やみんなとは別に俺はこの家に帰ることにした。ここ最近は忙しくて葬式の日以来ずっと帰っていなかったから。
そして家の中に入って最初に感じたものは、むせ返るほどの埃の匂いだった。

「(まずは掃除だな……)」

幸いこの家はお世辞にも広いとは言えないから、素地はかなり楽だった。仏壇には俺がなまえちゃんに贈った椿油の空瓶だけが飾られている。爺ちゃんの着物は大切に箪笥の中に仕舞ってある。当時なまえちゃんが身につけていたものは、まだ見つかっていない。見つかりそうな場所に近寄りたくなかった。

「……行くかあ」


それは今日も変わらない。だから行くならせめて、あの子との思い出の場所にしよう。

***




「……やっとついた……」

暫く通っていない道はもう獣道とは言えないほど草木で生い茂っていて、何度も迷った。でもなんとか辿り着けてよかった。
なまえちゃんのご両親のお墓も、なまえちゃんのお墓も、爺ちゃんのお墓もちゃんとある。待ちくたびれた、と言っているみたいだった。ようやくほっとして、一度その光景から目を離して羽織や頭にくっついている葉や枝を振り払う。

「うわっ」

すると突然、強い風がひゅうと吹いた。取り切れていなかった枝はぽろぽろと足元に落ち、葉は風に乗って飛んでいった。

思わず閉じてしまった瞼を恐る恐る開き、四つの墓のある方へ視線を移すと、そこには目を疑うような光景があった。

「……なまえ、ちゃ、ん?」


「善逸くん、ひさしぶり。……元気にしてた?」

そこには、なまえちゃんがいたのだ。自分のお墓に軽く腰掛けるようにして座っている彼女は、昔と何も変わらぬ容姿をしていて、昔よりもずっとずっと小さく見えた。でもその目付きはどこか大人びているように見える。
俺、夢を見てるんじゃないだろうか。もしかして本当はここに来る途中で崖から落ちて今意識不明になっているのでは? だからこんなに走馬灯なんじゃないかってくらい都合の良い夢を見れるんじゃないのか?

「な、なんでここに……」
「……善逸くんなら、ここに来てくれるかなって思って。それに今日はお盆だもの」
「俺は夢を見てるの?」
「見てないよ」

優しい声で即答されても、俺はとても信じられなかった。自分で頬を強く抓る。痛い。これは夢じゃない。熱い涙が流れているのもちゃんも分かる。
俺はなまえちゃんに言いたいことがたくさんあった。本当に、たくさん。ひとつは、

「……なまえちゃん! 俺ずっと、謝りたくて、なまえちゃんを守るって、なまえちゃんの“鬼狩りさま”になるって、約束したのに守れなくて、ごめん、本当にごめん……!」
「……」

なまえちゃんの視線がじっと俺を刺す。ひゅうとまた風が立ち、なまえちゃんの髪を靡かせた。
それと同時に彼女がふ、と柔らかく目を細めたのを、彼女の顔色を伺っていた俺が見逃すはずはなかった。

「……“私の”鬼狩りさまにはなれなかったかもしれないけど、善逸くんは“みんなの”鬼狩りさまになれたでしょう? 上からね、善逸くんが人を助けて感謝されてる所を見るの、私すごく嬉しい。だから、善逸くんが謝る必要なんてないんだよ」

少し照れくさそうになまえちゃんは笑った。さっきの厳しい視線が嘘みたいだった。でも、それは俺がそう感じていただけなのかもしれない。いや、そうに違いないだろう。だって今の彼女の声色は、本当に嬉しそうだったから。

「私、善逸くんに探してもらいたいものがあって来たの」
「え?」
「……善逸くん、お風呂の薪を溜めてたあの小屋に全然近づかなくなった。私が死んでから」

へっ? と思いがけず間抜けな声が出る。図星だったのだ。なまえちゃんが鬼に殺される可能性がある場所といえばそこしかなかったのだから。
あそこは日中でもずっと日陰になる場所だった。獪岳はそれを知っていたから、夜の間に待ち伏せをして、昼に薪を取りに来たなまえちゃんを襲ったんだと俺は思っていた。気付かれていた。“上”から見られていたのだろうか。
なぜか悪いことをしたのが見つかった子供のような気分だった。なまえちゃんは泣きそうな顔をして、俺に訴えかけるようにこう言った。

「そうなの、私が死んじゃったのはそこなんだよ」
「……うん」
「私、善逸くんへの手紙を持ってたの。小屋から戻ったら、桑島さんの鴉に預けようと思って」
「……」
「でも、逃げてる途中で、わざと落としたの。そのまま死んで獪岳さんに見つかったら破り捨てられると思って……でもそのときには目が割れて、見えなくなってて、だからどこで落としたのか分からない」

俺にはもう相槌を打つ余裕すらなかった。

「それを一緒に探してほしいの、ずっと善逸くんにわたしたかったの……!」

全て言い終わるころには、なまえちゃんはぽろぽろと落涙していた。雫が地面に落ちる。音は聞こえない。
俺は泣いているなまえちゃんにそっと近づいて、涙を拭った。指が濡れた感触はない。それはこの子は既にこの世にいないということを俺に強く実感させるには充分で、俺は泣き続ける彼女を目の前にして、今は拳を握り締めることしかできなかった。








2019.11.2