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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -

はかなき君を想ふ


なんまいだ、とお坊さんが念仏を唱える音だけが、頭の中を反響している。俺は今、なまえちゃんと爺ちゃんのお葬式に出席していた。


***




「善逸、ごめんよ。俺は君が辛い思いをしていたのに気づいてあげられなかった」
「ううん、それは違う。俺が言わなかっただけ。それに仇は俺が絶対に討つって決めてたんだし」
「……」

俺がそう言うと、炭治郎はやるせなさそうに俯いた。伊之助はその隣でぷるぷると震えている。葬式だからと、伊之助はなんと自分から猪頭を脱ぎ、参列してくれたのだ。初対面のときから随分変わったなあと、ぼんやりした頭の中で思った。そんな俺の腕の中には、一人分の骨が入った骨壷が一つ。

「伊之助、大丈夫か? 」
「人の葬式に出るなんて初めてだろ? 疲れたんだよ。もう遅いし、二人で一緒に帰りなよ」
「善逸もゆっくり休むんだぞ」
「分かってるよ」

炭治郎は一瞬納得いかなさそうに顔を歪めたが、行くぞ、と伊之助の肩を軽く叩いて帰っていった。伊之助がとぼとぼと炭治郎と後ろをついて行く姿が、なんだかとても微笑ましく感じた。彼が炭治郎の羽織の裾を寂しそうに摘んでいたことは、この際見なかったことにする。

「さ、俺達も帰ろう」

なんで俺骨壷に話しかけてんだろう、とか思ったけど、このときだけはどうしても言いたかった。自分に言い聞かせたかった。一歩踏み出すと、まるで爺ちゃんが返事をしたように、骨壷の中身が揺れた気がした。
あの日見た夢の中のあの二人は、今思うと本物だったんじゃないかと思う。根拠はないけれど、逆に爺ちゃんやなまえちゃんが俺を恨んでいるのかと思ったら、それは全く違う。詰まるところ、色々考えても仕方の無いことだから、もう自分の良いように解釈してしまおうと思ったのである。そうしなければ、それこそ俺は。





「ただいまー」

おかえりなさい、と声が聞こえてきそうだ。でもその声はもう二度と聞くことはできないということを俺はもう充分分かっている。俺は骨壷を持ったまま、なまえちゃんの部屋へと向かった。年頃の女の子の部屋なのにひどく殺風景で、唯一飾り気があるところと言えば、部屋に吊るされた金魚の絵が描いてある風鈴、そして隅の棚に大事そうに飾られた椿油の空の瓶くらいだ。俺が昔彼女に贈ったもの。

「なまえちゃんまだ置いてくれてるんだ。中身空っぽなのに。ねえ爺ちゃん、これどう思う? 」

返事をしてくれる人は爺ちゃんはもちろん誰一人として存在しないのに。もう床下にいる鼠とか、屋根の上にいる鴉とかでもいいから、どうか俺の話を聞いて欲しい。これってすごく嬉しいことだと思わない?

「期待、しても……よかっ、たの、かなあ……」


流石にもう虚しくなってきてしまって、俺は骨壷を抱きかかえて泣いた。自分の鼻を啜る音がやけに鮮明に聞こえて、さらに寂しくなった。もちろん鼠や鴉の声はひとつも聞こえやしない。ねえ誰か、俺の話を聞いて。なまえちゃん、爺ちゃん、ねえ俺の話を聞いておくれよ。

「うっ、うう、うっ、」

二人が死んだと聞いたときは、最初は絶望、そしてその次は怒りと、悲しむ暇などなかったように思う。仇を取り、何も無くなった今、やっとゆっくり泣けた気がする。
そんな中、ちりんとひとつ音が鳴った。風鈴だ。襖は締め切っているのに。でも俺はその音を聞いた瞬間みるみる涙が治まっていく。
その音はなまえちゃんが俺を慰めてくれたときの優しい声にひどく似ていた。

「……ありがとう、なまえちゃん」


どういたしまして、と明るく笑う彼女の笑顔は、もうどこにもない。どこにもないけれど、俺のこの命が尽きるまで、きっと二人は雲の上から俺のことを見守ってくれているはずだ。





2019.7.28