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あの平和な夏の日


※獪岳がまだいる
***


陽気な太鼓の音と、人々の楽しそうにはしゃぐ声。子供の走り回る音。そしてうだるほどの蒸し暑さ。今俺たちは、近くの町で行われていた夏祭りのど真ん中にいた。

「なんで俺がこんな浮ついたところに来なきゃなんねえんだ」
「桑島さんも言ってましたよ、休むことも大切だって。ほら、獪岳さんは特に頑張ってますし!」

なまえちゃんがそう言うと、獪岳の不機嫌な音は少し治まった。やっぱりなまえちゃんはすごいな。獪岳は「特に」とか、「一番」っていう言葉に弱いからな。でも俺がこんなこと言ったら普通に嫌われるんだよね。いくつか獪岳との思い出を浮かべてみると、乾いた笑いしか出てきそうにない。なんとか我慢して俺はひとつ相槌を打った。

「ほら、みんなでりんご飴でも食べませんか、きっと美味しいですよ」

そう笑うなまえちゃんの衣服は淡い水色の浴衣だった。彼女にとても似合っていて可愛らしい。浴衣は普段着る着物より薄いから、いつもよりは体の線が表れていてついじっと見てしまう。似合ってるね、って褒めたいけど、獪岳の目の前でやったらまた嫌われそうだしなあ。
悶々としていると、不意にこちらを向いたなまえちゃんと目が合ってしまい、俺はひやっとした。気持ち悪いって思われたかも。だま彼女は別にこれと言って不快に思った様子を見せることもなく、ただいつもの声の調子で 「善逸くんはりんご飴よりぶどう飴の方が好き?」 と問われた。獪岳がいていつもの様に声を掛けられなくて困っていた、というふうに捉えられたみたいだった。なまえちゃんは俺と獪岳の仲が良くないのは知っていたから。

「えっ、あ、う、うん、どちらかといえば……」

しまったと思った。俺は普通にりんご飴の方が好きなのに! でもここで 「りんごかな」 って答えたら、なまえちゃんを見てただけってことがばれてしまう。ああでも! こんなことなら素直に 「見てました」 って言えばよかった!
しかし時すでに遅し、うだうだしているうちになまえちゃんはさっさと屋台の列に並んでいて、俺は獪岳と二人きりになっていた。

「……か、獪岳はどっちにしたの?」
「聞かなくてもすぐ分かることだろうが」

やっぱこいつ嫌い!! 気まずいからちょっとでも会話しようとしただけじゃん! そんなに俺のことが嫌いですか、そうですか。

「善逸くん、獪岳さん、買ってきました、どうぞ!」
「あ、ありがとう!」

獪岳はりんご飴か。いいなお揃いで。羨ましい。つかお礼くらいちゃんと言えよ買ってきてもらったんだから!

「善逸くん、ぶどう飴おいしい?」
「あ、うん!」

ぶどうが三粒串刺しにされた飴は、やっぱりりんご飴よりはいくらか量が少なく見える。でも「ぶどう飴の方が好き」 と答えてしまったからにはしょうがない。一粒口に入れて咀嚼すると、ぱき、と飴が割れる音がして、柔らかい果肉とともに果汁が口の中へ広がった。うん、美味しい。でもやっぱり俺はりんご飴のあのしゃりっとした食感が好きなんだよなあ。

その後も一緒にいくつか屋台を回ったけど、なんとなくぶどう飴を食べる気分にはなれなくて、結局お祭りが終わっても、俺は食べきることは出来なかった。

「善逸くん、ぶどう飴食べないの? やっぱり美味しくなかった?」
「あっ、いや、その……美味しいけど、やっぱりりんご飴の方が美味しかったなあって」
「……じゃあ、私のと交換する? 多分全部食べきれないから」
「へっ!?」

なまえちゃんは恥ずかしそうに頬を赤く染めた。その手には確かに半分も食べきれていないりんご飴が握られている。

「お、俺はいいけど……なまえちゃんは?」
「私も大丈夫だよ、残すの勿体ないし」

いや、そういう問題じゃないんだけど……俺のぶどう飴はまだしもきみのりんご飴はだめでしょ、もうそれは間接的にアレしてるってことでしょ! いやでも、食べたい、なまえちゃんが食べたりんご飴を!
俺が脳内で葛藤しているとはつゆ知らず、俺が固まっているのを肯定と受け取ったのか、なまえちゃんは俺の手から二粒しか串に刺さっていないぶどう飴を抜き取り、りんご飴をそこに差し込むように手渡した。
そしてあっという間に彼女は俺から抜き取ったぶどう飴を一粒食べてしまった。

「……美味しい! 私、こっちの方が好きかも。ありがとう!」
「お、お礼をいらないよ、うん。よかった、へへ」

来年からこっちにしようかな、と嬉しそうにぶどう飴を頬張るなまえちゃんは栗鼠みたいで可愛かった。
しかし一方で俺の手にはなまえちゃんが食べていたりんご飴。なまえちゃんが齧った跡、少し黄色がかった白い果肉が見えているその部分。食べていいのだろうか。いやそもそも彼女は残したら勿体ないからという理由で交換してくれたんだから、食べていいに決まってるだろう。

「……」

しゃり。自分の求めていた食感だ。何も変わったところは無い。なまえちゃんはもう最後の一粒を美味しそうに味わっている。しかし残念なことに、りんご飴を食べる前に緊張と動揺で唾を飲み込みまくっていたので、これ以上口に入れられる自信が無い。胃袋的にも、精神的にも。

「……」
「……」
「……獪岳、これ、いる?」
「いらねえ。失せろ」
「なんっだよもう!!」





2019.11.4