×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

白詰草の硝子細工


それからも善逸となまえは何度も文通を重ねた。最近だと善逸の方は蜘蛛になりかけて散々だったとか、女装をさせられた挙句気がついたら足がちぎれそうなくらいぼろぼろで酷い骨折もしていただとか、そんなことばかり綴っていた。
一度なんとなく反応が知りたくて(彼女に知って欲しいというのもあったが)、同期である炭治郎の妹、禰豆子のことを書いたことがあった。なまえの返事は 「きっと禰豆子ちゃんって子はかわいいのね。いつか会ってみたいな」 とのこと。正直に言ってしまうと、いわゆる嫉妬というものをされてみたいと思っていたから、つい落胆してしまったのを覚えている。
一方なまえの手紙はどちらかと言うと善逸を元気付けるようなものばかり。彼女にそうさせてしまったこの状況に善逸の頭の中はだんだんと申し訳なさと罪悪感でいっぱいになって、これ以上このようなやり取りが続けば彼女との文通を楽しめなくなると思った。それだけは嫌だった。

“俺もかっこ悪いことばっかり書いてるから、なまえちゃんも自分の気持ちを綴って欲しい。応援されるだけなのは嫌なんだ”

だから、手紙で催促した。何度も何度も書き直して、炭治郎に助言も貰って。やっとのことで書き上げたこの手紙のおかげか、その返事の手紙には彼女の本当の気持ちが綴られていた。

“気を遣わせてしまってごめんなさい。善逸くんとこうして文通ができるのはすごく嬉しいことです。今の私の一番の楽しみです。心配してくれてありがとう。
実は、獪岳さんが手紙のひとつも寄越してくれないのです。できればで大丈夫、取り敢えずでいいから、彼に会って、元気にしているのかを知りたい。人目見て、やつれてたりしてないか確認してくれるだけで大丈夫だから。今の悩みはそれだけです。ありがとう。”

その便箋には所々水滴が落ちて、濡れて乾いたような跡があったことを、善逸は見逃さなかった。

***






その日からしばらく経ったある日、鬼殺隊全員にとある通達があった。“柱稽古”というものを始めるらしい。隊員は全員参加とのこと。そうだ、これに参加したら、彼女のお願いも叶えられるかもしれない。善逸はその報告といつものように自分の近況を綴り、雀へと預けた。


“なまえちゃんへ
少し返事が遅れてごめんね。なまえちゃんは元気ですか? 俺は元気です。少し暇ができて会いに行けると思ったら、柱稽古というものをするらしいです。柱の人達はすごく怖いから、正直に言うと行きたくないです。でもきっとそこで獪岳にも会えると思うから、安心してください。あと、今回は無理だったけど今年中には絶対に帰ってきます。椿油も新しいのを買って持ってくるから、楽しみにしててくれたら嬉しいな。――我妻善逸より”

もし炭治郎や禰豆子、伊之助も都合があれば連れていきたい、と思った。――そしてできるならば、獪岳も一緒に。
禰豆子の方はもう太陽を克服しているから、きっと皆と一緒に庭で菓子を食べたりすることだってできるはずだ。己の師匠も、きっと喜んでくれる。

そう、思っていた。







「……え? 手紙?」

返事らしきものが届いたのは、最後の柱稽古を担当していた岩柱である悲鳴嶼行冥の修行の厳しさに打ちのめされ、とうとう諦めかけていたころだった。それと同時に返事が随分遅かったので、とうとう見放されたのかと気持ちも落ち込んでいた。
しかし、今回は違った。これはなまえからの手紙ではない。紙質が違うのだ。雀が運びやすいようにと桑島が工夫した軽い紙質のものではない。そのせいか地面に降り立った後も雀は目眩がしたのかふらついている。善逸は雀を自分の膝に乗せてやると、ごくりと固唾を呑んで、恐る恐る手紙を開いた。じわりと滲んだ手汗が紙を濡らした。


“みょうじなまえ 鬼トナッタ雷ノ隊士に喰ワレ死亡”
“元雷柱現育手 桑島慈悟郎 門下カラ鬼ヲ出シ切腹 ”
“前者ハ遺体無シノ為、火葬ハ後者ノミ執リ行ウ”


ただ淡々とした文章の中、己の目に惹き付けられたのはこの三行のみ。ひゅうと息が詰まる。さっきまで嫌なくらい聞こえていた滝の流れる音と隊士たちの般若心経を唱える声も聞こえない。瞬きさえできず、目が乾いた。

「(門下? 雷の隊士? そんなの、)」

獪岳しかいないじゃないか──でもどうして? 獪岳と俺は決して仲良くはなかったが、爺ちゃんのことは尊敬していたはずだろう? 鬼を滅殺するという目的も同じだった。

「(なんであいつは鬼になって、なんでなまえちゃんを殺……したんだ)」

自分の大切な人が二人も死んだというのに、なぜか頭は冷静だった。善逸はそれが仇を討つということを無意識に考えていたからだということを知らない。

「(なまえちゃんが“稀血”だったから? 獪岳はそんな自分勝手な理由で、今まで一緒に暮らしてきた女の子を殺して喰うの? そんな屑みたいなことをする人間だったのか? ありえない。そんなの、酷すぎるだろ)」










「──って思ったけど、柱稽古のときもどこを探してもあんたがいないから、ああ、本当なんだって確信したんだよ」

ただっ広い屋敷の中、善逸の静かなその台詞は目の前にいる、鬼となった獪岳にしか聞こえることはない。静かに怒りを露わにする善逸を、獪岳はにやにやと蔑むように嘲笑っていた。

「訃報が来た時点でまだそんなことを疑っていたなんて、馬鹿としか言い様がねえな」
「黙れ! なまえちゃんは……なまえちゃんはお前のことを心配してたんだぞ! いつまで経っても手紙のひとつも寄越さないから、」
「俺はあいつと心配するされるの関係だと思ってない。あいつが勝手に俺を心配して、失望して、死んだだけだ」

違うだろう。お前のご飯を作ったのも、お前の服を洗濯して、破れる度に繕っていたのもなまえちゃんだ。なのにこいつからは感謝の音も聞こえない。ただただ不快な音だ。醜い嫉妬心と、沢山人を食った鬼の音。

「ただ、稀血の力は思った以上だったぜ。あいつを喰ってなかったら、俺はお前と戦えてなかったかもしれないからな」

ぎり、と善逸は歯を食いしばった。これは挑発だ。乗るな。

「死ぬ直前のあいつの顔は見物だったなあ。泣きながら硝子みたいに体が割れていくんだぜ」
「獪岳」

たらたらとその口から吐き出される不愉快極まりない言葉を止めさせるつもりで名前を呼んだ。しかしそんなことを獪岳が気に留めるはずもなく。

善逸は刀を抜き、獪岳の肩を切り裂いた。

「獪岳、もう鬼になったお前を兄弟子だとは思わない。絶対に、俺がお前の頸を斬る」





2019.7.28