×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

近所に留学生がいた。名前をナマエと言って、日本人にしては彫りの深い顔をしている女だ。普通今どきの留学生というのは世界共通語である英語を学びに、イギリスとかカナダとかの国に行くのが定番だというイメージがあった。そのため、普段の仕事の一つである借金の取り立てだとかに比べれば自分の記憶には随分残りやすかったように思う。それに加え、彼女は花屋を営む家族の元でホームステイをしていたので、俺から話しかけるのは容易なことで、比較的すぐに打ち解けることができた。

「どうしてこの国に留学しに来たんだ?」
「絵の勉強をするためなの。ほら、ここってレオナルド・ダ・ヴィンチとか、ミケランジェロだとか、美術の分野で有名な人がたくさんいるでしょう?」

ある日俺のした問いかけに、彼女はこう答えた。彼女はぎこちない発音で、でも透き通った綺麗な声で。画家より歌手に向いているんじゃあないかと、そのときは思った。彼女はいつもホームステイ先である花屋の花をスケッチしていて、その色使いにとても惹かれたのを覚えている。一生懸命に色鉛筆を動かしている彼女の横顔はとても魅力的で、「あんたの似顔絵を書いたらきっと世界で一番美しい絵になるんだろうな」 なんて言ってみたら、彼女はおかしそうに笑っていたっけ。あんなふうに笑われてしまったら、今度はぜひ彼女の恥ずかしそうにする顔がみたいと思ってしまって。彼女は休日は花屋を手伝っているから、いつの間にか柄でもない平和な雰囲気が漂う花屋へ通う羽目になってしまった。そんなある日のこと。

「おーい、ナマエはいるか?」
「ああ、ミスタか。実はあいつ今、ひどい熱を出しててな。昨日土砂降りの中帰ってきたから、きっとそれのせいだろう」
「へえ」

せっかく今日はこの前食べたがっていたイチゴのケーキを持ってきてやったのに。まあ熱が出ているならしょうがないか。手に持っていたビニール袋がくしゃりと音を立てた。

「家、上がっていくかい? 」
「あ?」
「ナマエもきみに会いたがってたんだ。少し話していくといい」

さすがに寝込んでいる女性に手を出したりはしないだろう? と店主は冗談そうに笑うと、さあさあと言わんばかりに店の奥を案内してくれた。ナマエがいるという部屋の前に着くと、店の方から客の呼ぶ声がして、店主は早々に店へ戻ってしまった。

取り残された俺は部屋の前で少し考える。その結果はまあシャイな日本人男性でもない限りこちらだろうという自分たちにとっては無難なもの。

「ナマエ、大丈夫か? 見舞いに来てやったぜ」
「……」
「おーい?」

少し覗くつもりでドアを少しだけ開けると、その光景に俺は目を見開いた。彼女がとても苦しそうにしているものその理由の一つではあったが、それよりも、

「(……これは、スタンドなのか……?)」

そのベッドのそばに、人型の何かが突っ立っていたのだ。俺とその仲間がもつ 「スタンド」 に間違いなかった。それは彼女の呼吸に合わせて点滅するみたいに姿を消したり、また姿を見せたり。最初は彼女が何らかのスタンド攻撃を受けているのかと一瞬それに銃口を向けそうになったが、それにしてはあのスタンドが彼女に危害を加える素振りはなかった。

「……うぅ、」
「ナマエ! 大丈夫か?」

震えながら体を起こしたナマエに、俺は銃をしまってすぐに駆け寄った。額に触れるとじわりと熱が手のひらに伝わる。とても熱い。

「ミスタ……?」
「そうだ、俺だよ。何があったんだ? それにあのスタンドは……」
「す、すた……?」
「ほら、今おまえの目の前に……」
「ま、まって、よく、わかんない」

ベッドに腕をつきながらなんとかナマエが上半身を起こした瞬間、さっきまで彼女のそばにいたスタンドはパッと姿を消し、それと同時に彼女の息遣いが落ち着いたのが分かった。しかしあろうことかそのまま彼女が眠りに落ちてしまったのには、危機感のなさに肝を冷やしてしまったのだった。






***



「……で、その『スタンド』っていうのが完全に発現したら危険だから、これからは貴方が傍についてまわるって言うの? 私がいいよって言うと思ってそう言ってるの?」
「あ? 現に俺のスタンドはここに今、存在してるだろーが! それでも信じないって言うのか?」
「だから、私が気を付けていればいいだけの話なんじゃあないの?って話」

こちらを睨みつけるナマエの周りを、俺のピストルズが見守るように囲んで、その綺麗な黒髪を興味津々な様子で見ていた。そして俺の頬には真っ赤な手形が着いている。ナマエが目を覚ました瞬間俺に平手打ちをしたのである。久しぶりの感覚に思わず眉を歪めた。

「つかお前、こんなに暴力的だったのかよ……」
「この国では自分の身は自分で守らなきゃいけないんでしょ」
「ああ? 何言ってんだよお前は」
「?」

ナマエはピストルズに向けていた視線をこちらへと移して、不思議そうに首を傾げた。

「ここでは、男が好きな女を悪い奴から守るんだぜ。ここではその男が俺で、女がお前だ」
「……手形がついた顔でそんなこと言われたって、ちっとも納得できないんだけど」

呆れたようにため息をついて、さっさと部屋から立ち去っていくナマエの耳は、間違いなく真っ赤に染まっていたのだった。




2019.7.7

back