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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -

私と獪岳は同い年だった。私は気弱で、でも獪岳はいつも自分に自信を持っていて。多少強引な性格も持ち合わせていたけど、それでも私が彼についてまわるようになったのは自然なことだった。それを見てほかの子供たちは私達を冷やかしたり、一番歳上だった悲鳴嶼さんでさえも微笑ましそうな目をしていた。何回も否定したけど、私も獪岳も満更ではなくて。でもそんな可愛らしい誤解で騒ぐことができる日々が、私は大好きだった。やがてそれも誤解じゃなくなって、お母さんもお父さんも居ないけれど、ほんとうに、ほんとうに、幸せだったのだ。



でもそんな幸せは長くは続かなかった。

私はあの日、ふと外から藤の花の香りがしなくなっていることに気づき、外へ出た。そこではなんと獪岳が藤の花の香炉を消しているではないか。当時の彼の目つきはまるで別人のようだった。私はそのときの彼がまさか言いつけを破って外へ出て、鬼と遭遇してしまった後だなんてことは知る由もなかった。


「俺と一緒に逃げれば命だけは助けてやれる。口外したら……お前を鬼に差し出す」


今にも私を刺殺しそうなほどの目付きでに睨み、お互いの額が触れてしまいそうなほどの距離で、獪岳は私にそう言った。私はほかの子供たちのことなんかもうどうでもよくなってしまって、獪岳が殺されてほしくない、自分も死にたくない一心で、必死に頷くしかなかった。

寺から逃げる途中、背後から耳を劈くような悲鳴が聞こえた。罪悪感で耳を塞いで、泣きながら逃げた。あの出来事を忘れるなんてできるはずがないのに。この出来事が私たちの関係は歪む引き金となってしまったことに、私は気づけなかった。

……否、私には気付く勇気がなかったのだ。










その後私達は、元雷柱だという桑島さんに出会い、獪岳は剣士を目指すようになった。きっとあのときの罪悪感からだろう。やっぱりあのときの獪岳は鬼に脅されて混乱していただけなのだと安心した。当時の、まるで鬼のような顔は嘘なんだと。

やがて桑島さんは善逸くんという獪岳の弟弟子に当たる男の子を連れてきて、この場所はいっそう賑やかになった。私はといえば剣士になる覚悟や勇気などはなかったから、彼らのご飯を作ったり、掃除をしたりだとかの家事を任されていた。獪岳はあまり料理の感想を言ってくれなかったけれど、善逸くんは毎日本当に美味しそうに食べてくれるし、いつも沢山お礼を言ってくれたから、彼らには遠く及ばないが、私も頑張ろうと思えた。






だから獪岳に頬を叩かれたときは、私は一瞬何が起きたのか分からなかった。


善逸くんがね、今日のご飯も美味しいって言ってくれたの。そう私が話終える前に迫りよってきた獪岳は、私の頬を抓りあげた。毎日刀を握っているだけあって、力が強い。すごく、痛い。


「い、いたい。いたいよ、やめて」


獪岳に一向にやめてくれる気配はなかった。むしろ力を強めて、私の頬に爪を突き立ててくる。やがてぷつりと血管が切れたような感覚がした。


「いたい、やめてよ、」
「五月蝿い!」



その直後、私の体は床へと叩きつけられていた。体全体を衝撃と痛みが包み込んだ。なんでこんなことするの? 怖い。怖い。
私はなんとか上半身を起こして、獪岳から逃げようと後ずさった。もちろん恐怖で立てもしない私が逃げるなんて出来るはずはなくて、すぐに獪岳の影は私を覆った。彼の目は、あのときの目にそっくりだった。

「……な、なんで、こんなことするの? わたしなんにもしてないじゃない」

「……なんで、あんな奴に構うんだ」
「え?」
「善逸だよ。あんな情けなくて、技のひとつしか覚えられない、なんであんなカスに」


ぎり、と歯を食いしばる音がした。獪岳が私に向かって拳を振り上げる。次の瞬間頭が回るような感覚がして、私はそのとき、何が駄目なのかは分からないけれど、もう駄目なんだろうなあと悟った。




***

二度あることは三度ある、というように、獪岳の暴力癖が治ることは無かった。でも彼は私を殴ったあとは絶対に悔しそうに、申し訳なさそうに顔をしかめるから、誰かに言おうと言う気にもなれなかった。
しばらくして獪岳は最終戦別を突破し、鬼殺隊に入隊した。私はその後も桑島さんの家に居させてもらい、引き続き家の家事を任された。獪岳は一度も帰っては来なくて、でも鴉が訃報を伝えてこない限り、彼は生きているのだろう。背中や太ももの痣もすっかり消えた。一度善逸くんに見られてしまったときはどうしようかと思ったけれど、上手く誤魔化せてよかった。と言うより、深く追及される前に彼が選別を突破してあっという間に旅立ってしまったからなのだけど。


転機が訪れたのは、これまたなんでもないある日の夜だった。お風呂を焚くときに使う薪をきらしたので、少し家から離れた小屋へ薪を取りに行ったのだ。小屋の中の光景に、私は絶句した。



「……久しぶりだなあ、ナマエ」
「かい、がく?」


最初私は、獪岳の黒く染った白目も、頬の刺青のようなものも見ないふりをした。
どうして今まで手紙のひとつも寄越してくれなかったの、なんて言って、勝手に涙が滝みたいに溢れてきた。でも獪岳は何も言わない。機嫌悪そうにこちらを見つめていた。ああ分かってる。鬼になっちゃったんだよね。分かってるよ。獪岳はいつまでもこんなふうにぐだぐだするのは好きじゃないもんね。分かってるよ。私察するのだけは得意なんだよ。


「……痛くないようにしてね」


怖くはなかった。私の体は獪岳に噛み潰されてぐちゃぐちゃになったとしても、私は獪岳の中で生きられるから。
そう信じて私は、ゆっくりと目を瞑った。鬼に協力した私は地獄に行くのかな。それなら、獪岳と一緒だ。そう思ったら、死ぬことさえもなんてことないような気がした。








初めて獪岳が私に暴力を奮った日、私はもう駄目なんだと思った。あのときを思い返すと、駄目になったのは獪岳だとばかり思っていたけれど、本当に駄目になっていたのは私の方だったのね。



2019.5.4

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