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異変に気づいたのは、ある任務を終えた次の日だった。ある任務とはまあ言わずもがな鬼殺で、炭治郎と伊之助と禰豆子ちゃん、そして俺とナマエちゃんに別れて鬼を探していた。結果運の悪すぎることに俺たちのほうに鬼が現れて、俺はいつもみたいに恐怖で失神してしまったのだ。意識が戻ったときには鬼は完全に消えてなくなっていた。ナマエちゃんが情けない俺に変わってやっつけてくれたに違いない。でもそれにしては、浮かない顔をしていたのが印象的だった。

そして朝。ナマエちゃんが俺に向ける音が、普段と明らかに違っていた。いつもはなんというか、俺を子供扱いしているような音なのに、今日は……そう、俺が昔片思いしていた女の子が、好きな男に大して向けていた音にすごく似ている。なんかちょっと違う気もするけど、たぶん同じだ。

「(これってもしかして……! もしかして!?)」


みんなが朝飯を食べている中密かにニヤついている俺に、伊之助は 「気色悪っ」 と毒づいて、炭治郎は何か違和感を覚えたように眉をひそめた。ふふ、炭治郎もその自慢の鼻で気づいたみたいだ! ナマエちゃんが俺のことを好きになってくれたってことに! きっと恋する女の子の匂いはとっても甘いんだろうなあ。

「あっ、ナマエちゃん、お味噌汁のおかわりいる? 入れてあげるよ」
「う、うん。じゃあお願いしようかな。ありがとう善逸くん」


やっぱり今日のナマエちゃんはどこかぎこちない。こころなしか頬っぺもいつもより赤い気がする。これは間違いないぞ。ふむふむそうか、人に好かれるってこんな気分なんだな。なかなか……いやすごく、幸せな気持ちだ!


「ねえナマエちゃん、今日は天気もいいしさ、ここ広い庭があったでしょ? ひささんに頼んで散歩させてもらおうよ」
「えっ? ふ、ふたりで?」
「もちろん! 」

そう言うとナマエちゃんは嬉しそうにはにかんだ。すごく可愛い。


「……あっ! 炭治郎は大丈夫だと思うけど、伊之助! オマエは俺たちについてくんなよな! 」
「は? こっちから願い下げだ泣き虫」
「そりゃあ良かった!」

今にもこちらに殴り掛かりそうな伊之助を炭治郎が抑える。俺はふん、と鼻で笑って、ナマエちゃんの手を引いた。俺たちを快く送ってくれたのは、背後から感じる禰豆子ちゃんの気配だけだった。





「昨日は本当にありがとう。ナマエちゃんがいなかったら俺今頃鬼の腹の中だよ」
「そんなことないよ」


さわさわと髪をなびかせる風は、昨日とは違って爽やかないい音だ。平和って感じがする。そんな中で鬼がどうとかの話をするなんて、なぜかちょっとだけ悪いことをしている気分になる。

「俺さ、気絶してたとき、夢を見てたんだよ」
「どんな夢?」
「昨日のあの鬼と戦ってる夢だよ! 腕を怪我したナマエちゃんを横抱きにして、スパって頸を切ってたんだ! 現実の俺もあんなふうになれたらなあ」


それでそれで、びっくりしてるナマエちゃんの頭撫でてあげてたんだよ。


その瞬間、ナマエちゃんは立ち止まった。どくん、と心臓の音が聞こえる。さっきとは違って、これは動揺しているときの音だ。でもその音は微かな罪悪感を孕んでいる気がした。


「あっ、ご、ごめんね!? きみが戦ってる時に、呑気に夢見てるなんて」
「ううん、違うの。気にしないで。……そんな善逸くんがいたら、すごくかっこいいだろうなって思ってただけ」


照れくさそうにナマエちゃんは頬を掻いた。俺はあっという間に顔が熱くなって、えっ、あ、なんて言葉にならない声が零れた。その末にやっとの思いで出た言葉はあまりにもひどいものだった。


「ぜっ、ぜったい!! ナマエちゃんを守れるような剣士になるよ!!」


ぎゅっとその小さな手を包み込んで、おそらく真っ赤で不細工な顔で、俺はナマエちゃんにそう言った。すぐに正気に戻った俺はここに穴があったとしたら入りたい思いでいっぱいだった。


「……ありがとう。でも私も家族の仇を打ちたいから」


真っ直ぐな瞳でそう言うナマエちゃんに、俺は何も言えずに固まった。ナマエちゃんはもう帰ろっか、といつものように柔らかい笑みを浮かべて、腕をさすった。……ん、腕をさする?


「……ナマエちゃん、腕怪我してるの?」
「えっ? いや、これは、その……」

ぐらりとナマエちゃんの瞳が揺れる。これは、これは事実を言い当てられて動揺したときの音だ。

「腕怪我してたのに鬼退治したの!?」
「ち、違うの。覚えてないみたいだけど、本当は善逸くんが鬼を倒したんだよ」
「無理に男を立てようとしなくてもいいの!! ごめんねナマエちゃん、俺ってやつは……」


女の子ひとり守れないなんて、俺はなんて情けないやつなんだ!

わんわん泣きじゃくる俺に、ナマエちゃんはおろおろと周りを彷徨いている。ついでに女の子をこんなに困らせる俺も最低だ。


「ご、ごめんね。善逸くんにそんな顔をさせたいわけじゃなかったの。私気にしてないから、もう泣かないで」




ナマエちゃんがそう言ってしゃがみこんだ俺の顔を覗きこんだ瞬間、どくん、とまたナマエちゃんの音が変わった。これは、いつもの音だ。まるでお母さんみたいな、俺を子供扱いしていた、いつものナマエちゃんの音だった。


「ご、ごめん……俺、もう帰るね……」


きっと俺のこんな姿を見て幻滅してしまったんだろう。絶対にそうだ!

とぼとぼ帰っていく俺をナマエちゃんが追いかける。そのままあの子は俺の事をずっと慰めてくれたけど、幻滅されてしまったのがもう悲しくて悲しくて、何も言葉を返す気にはなれなかった。






―――



「……ってことがあってさあ、もうほんとにショックだったの! あんなナマエちゃんの顔超貴重なのに!」
「人の表情に価値をつけるのはどうかと思う」

俺と炭治郎と伊之助。むさ苦しい男だけがいる寝室で(禰豆子ちゃんはナマエちゃんに預けてあるらしい)、俺は半泣きであの出来事を語った。俺はすごく悲しんでいるのに、炭治郎と伊之助は顔を見合わせると、ほっと安心したように息を吐いた。

「ま、良かったんじゃねえの」
「何がだよ!」

「だってナマエ、別の人に恋してる匂いだった」

「は?」


気づいてなかったんだな、と苦笑いをする炭治郎は冷や汗を垂らしていて、伊之助は呆れたようにあぐらをかいている。

「ど、どういうことだよ」
「確かに好いている人を目の前にしたときと匂いは似てるけど、違う匂いだったんだ。同じ人に恋してるのに、違う人に恋してるような」
「は? 」
「俺達は正直心当たりあるけど、まあ、これで良かったんじゃないかな」
「永遠に眠らされるよりいいだろ」
「え? なに? 怖いんだけど」


あの音は俺に向けられていたはずなのに、別の人に恋してる? 永遠に眠らされるって、殺すってこと? それってしてること鬼と同じでしょ? ナマエちゃんがそんなことするわけないじゃないか。



「あーいう大人しいやつに限ってちょっとヤバいとこがあんだよ」
「知らない方がいいこともあるさ。もう一件落着なんだし、早く寝よう」


なんだよそれちゃんと教えてくれよ! 怖くて今日寝れないじゃないか!



――


2019.3.26

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