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ごめんください、と声がした。朝っぱらから誰なんだと苛立ちながら玄関に向かう。その扉の向こうには、何度も見た好い人の人影があった。

「ごめんください、ナマエです。実弥さんは……あれ?」
「ナマエ、ここに来るときは裏門から、って前も言っただろうがァ」
「え? あれ? そうだった? ごめんなさい」

笑顔で謝るナマエは、反省した様子にはとても見えない。それでも許してしまうのは、結局俺は此奴に随分甘いということなのだろうと思う。
所詮俺とこいつは恋人同士という関係だった。まだ家族が生きていたころからの知り合いで、つい数年前に、偶然再会したのだ。そこからどう転がってこんなことになったのかは、思い返せば随分長くなるだろう。

「んで、今日は何の用だよ」
「用がないならここへ来るのは駄目ですか?」
「そうは言ってねぇだろうが」
「ふふ、ごめんなさい。おはぎを作ってきたので、一緒に食べたかっただけです」

ほら! と木箱を差し出すナマエ。その誘惑に負けて、「静かにしてろよ」 とため息をしながら言うと、ナマエは「はあい」と子供のように返事をした。


***




「今日はね、ご近所さんから高価な小豆を頂いたんです」

はい、どうぞ! とにこにこと笑みを浮かべながら、ナマエは俺に御萩を差し出した。手に小豆が付いてしまうのにも構わずに。

「……お前の手から食う必要あるかァ?」
「道端で見かけた若夫婦がね、こうやって食べてたんです、だから私もやってみたいと思ったんです、どうでしょうか?」

子供のように目をきらきらとさせるナマエ。その瞳はあまりにも無垢を思わせた。お前が見たというその若夫婦は、裏では御萩の食べさせ合いなんかよりもよっぽどべたべたとあられもないことをしているのかもしれないのに。こいつももうそんなことは分かる歳だろうが、少し心配だ。

「ほら、あーんってしてくださいな。実弥さん、恥ずかしがら……」
「ん」

かぷり。とナマエの指ごと御萩にかぶりついた。「へ、」 と間抜けな音が聞こえた。それを無視して、上手く御萩だけを咀嚼する。こいつの番はそれから。
ごくり、と細かく砕いたそれを飲み込んで、口の中で震えたままのナマエの指を舐めた。小豆と砂糖の甘い味。それと微かにしょっぱいような味。彼女の、指の味なのだろうか。びく、と体が震える。混乱するばかりで、俺の口から指を抜こうともしない。
彼女の指の股一つ一つに舌を沿わせると、ナマエはさらに顔を真っ赤に染めて、とうとう目を伏せて固まってしまった。その瞳は先程の輝きを放っていて、目尻から溢れかけた雫は、今にもこぼれ落ちてしまいそうだった。
ちゅぱ、とわざとらしく水音を立てて指を抜いてやると、ナマエはひっと声を漏らして、赤らんだ顔でこちらを睨んだ。

「……な、なななんてことするんですか!」
「お前が生意気だったからだよ」
「なんですかそれぇ……」

語尾を伸ばすのはちょうど俺の癖に似ている。卓袱台に突っ伏したナマエの頭を撫でてやると、彼女から 「やめてくださいよう」 と情けない声が聞こえた。

「美味かったぜ」
「そうですか」
「お前にも食わせてやるよ」

嫌な予感しかしないとでも言わんばかりに顔を上げたナマエの口に、俺は御萩を押し付けるように触れさせた。
こいつの口の中は俺なんかよりもずっとずっと柔らかそうだなァ、とその潤んだ瞳を眺めながら思った。





2019.8.15


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