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「ナランチャ、今日もまたおべんきょうおしえてよ」

小さな公園のベンチ。小さな口で一生懸命に言葉を紡ぐナマエがオレは好きだった。もちろん恋愛的な意味ではなく、ただ単に気に入っている人物だった。そもそも恋愛がどうこう言う前にまだ彼女は十歳にすらなっていないはずだ。俺にそんな趣味はない。

まず普通ならばなぜこんな少女が一人でオレに勉強を教えてと頼みに来るのか疑うだろうが、オレは全て知っていた。ナマエは虐待を受けている。思い切り殴られるということはなかったが、叩かれたりすることは日常茶飯事だった。ただそれよりも酷かったのは暴言だった。テストの点が悪いというだけで出来損ないだとかもういらない、だとか。酷いときには夜中に家を追い出されたこともあったし、それがオレと彼女が知り合うきっかけにもなったのだ。

オレはフーゴから今は掛け算を習っているけれど、ナマエが教えて欲しいと言ってきたのは筆算の足し算だった。これならまだオレもちゃんと習った記憶があるしきちんと教えてやれるだろう。

「そこはな、繰り上がりの筆算なんだぜ。一の位をたすと十三だから、十の位に一をたして……あ、そうそう」

ちゃんとできてるぜ、と俺が言うと、ナマエはにっこりと笑った。その触り心地の良さそうな頬をつついてみると、彼女はまた笑い声をあげた。とても柔らかくて、気持ちいい。しかしナマエの顔つきはみるみる暗くなっていった。強く触りすぎたのかと思って頬を撫でると、彼女は悲しそうに眉を下げた。

「てすと、悪かったらまたしかられちゃうかな」

教育熱心。そう言えば聞こえは良いかもしれない。でも外に聞こえるくらい怒鳴り散らすなんてどうかしてる。警察に通報した人も存在はしていたようだが、彼女の母親はうまく警官を言いくるめ、それを繰り返すうちに事は静まっていった。実際はエスカレートしていくばかりだというのに。

「大丈夫だって。もしまた追い出されたらここに来いよ。オレ待ってるからさ」


この日の夜、オレは彼女にこの言葉をかけて良かったと安堵することになる。



──────────








その夜は天気予報が大きく外れて雨だった。ブチャラティ達には用事があると言って公園へ行った。もちろんナマエが本当に追い出されるなんてことは思っていなかった。だって彼女は問題をちゃんと解けていたのだから。ならば自分に想像できるのは母親に頭を撫でられているナマエの姿だけ。普段は暴力的な母親でもナマエは好いているのだ。嬉しそうにそのことを話してくれるナマエを見られるなら自分だって嬉しくなるに違いない。雨の中一人で過ごすのは退屈だけどなんてことはない。


好きな音楽の鼻歌を歌いながら時間が過ぎて、公園の時計は深夜二時を指していた。さすがにもう帰ろうかななんて思っていると、ぴちゃぴちゃと不自然な足音が聞こえた。これは裸足で地面を歩いているからこそ立てられる音だ。その方向へ目を向けると、そこには小さな人影。見覚えがあった。

「……ナマエ? ナマエなのか? どうしたんだよ」

自分の声が震えているのが分かる。なんで、どうして。顔を上げたナマエの顔はとても子供らしいものではなかった。

「……どうしよう」

ナマエからぽろぽろと涙の粒が零れ落ちた。それらが洗い流したのは今降っている雨の雫ではなかった。

「おまえ……なんだよ、それ」

それは血だった。よく見ると服さえも赤に染まっている。ナマエ自身に外傷は見当たらない。それなら。

「私からお化けが出てきて、お母さんを切って……どうしよう、ねえどうしようナランチャあ」
「……、」

もしかすると。そう思ってスタンドを発現させた。戦闘機の姿をした自分のスタンド “エアロスミス” は空中を飛び回る。嘘であってくれと恐る恐るナマエの目を見ると、彼女の黒目は確実にそれを目で追っていた。ああ、と思わず声が漏れる。オレは傘を放り投げてナマエを元へ駆け寄ると、その小さな体を抱き締めた。

「大丈夫、大丈夫だよ、辛かったな、頑張ったなあ」

きっと、テストの点が原因なんかじゃあないはずだ。きっと、こいつの母親がとうとう理由もなくナマエに暴力を振るおうとしたんだ。そしてそれが原因で発現したスタンドが暴走してしまったに違いない。

こんなことになるなら母親を殺した方が良かった。でもあんなのに褒められたってナマエは喜んだ。どうして神様はあの女の腹にナマエを宿らせたのだろう。どうしてナマエはこんなに小さいのに苦しまなきゃいけないんだ。


今直ぐにブチャラティ達の元へ連れていこう。ブチャラティなら、お前を幸せに出来る手段を必ず知っているから。でもナマエ、お願いだからもう少しだけお前を抱き締めさせてくれ。





2018.12.21