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「#幼馴染」のBL小説を読む
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事の始まりは本当になんでもないある日のことだった。友人と久しぶりに遊びに出かけた帰り道、に異常に息を荒くして大量の汗を流している男性を見かけた。消えたライターを持っていたから余程煙草に依存している人間なのかなと思いきや、それにはまだ十分にオイルが残っていた。私がそれを指摘しようか迷っている間に、彼はやっとオイルが残っていることに気づいたのか、ライターの火をもう一度付けたのだ。

その瞬間、男性はその場へ倒れ込んだ。そして私も気がついたときには頭が何かに貫かれたような鋭い痛みを感じて、目の前には影の中へ沈んでゆく“何か”がいた。それは“選ばれた”だとか“スタンドが発現する” だとか、混乱していたのだから定かではないが確かにそう言っていた。
何回か深呼吸をして落ち着いてから倒れた男性の様子を見に行った。もしかしたらあのライターに何か仕込んであったのかもしれない。ライターを点火した彼なら何か分かるかもしれないと思ったのだ。しかし、彼はなんと死亡していた。これにより私は自分に何が起きたのかを知る術がなくなり、途方に暮れることになったという訳だ。


しかし、それから少し時が過ぎても私はあの“何か”が言っていた“スタンド”というものが自分に発現したという実感がないままだった。

この出来事から数週間後のある日、私は三年前に母に買ってもらったお気に入りのカメラを失くした。どうでも良い出来事のように思うだろうが、今思えばこれは大いに関係があったのだ。私は街中で写真を撮ることが趣味ではあったが、母はただ欲しいという理由だけで物を買ってくれる人ではなかったし、それも失くしたと言えばきっと私を叱るだろう。

そう思った私は、優しい祖母に母に内緒で新しいものを購入してもらえないだろうかと頼み込んだ。すると祖母は部屋の箪笥の上を指さして言ったのだ。ここに貴方のカメラがあるじゃない、と。

そんなまさか、と思って目を向ければそこには確かに私のカメラがあった。普通カメラというものは黒で塗装されているものだが、それはやけにカラフルな色合いだった。もちろんこんなデザインのカメラなど私は持っていなかったというのに、何故か私はこれは自分のものだと確信できてしまった。

もしかすると父が私がカメラを紛失したことに気づいてサプライズで買ってくれたものなのかもしれない、と無理矢理自分を納得させ、早速外へ出て何枚か写真を撮ってみた。その結果、これはシャッター音がならないタイプのものだということが分かった。肝心の撮れた写真はと言うと、全く問題のない普通の写真が撮れた。それどころか前使っていたものより性能が良い気さえもした。


しかしこんな初見の感想はその日のうちに打ち破られることになった。しばらく街の中を散歩していたとき、人の迷惑にならないくらいの歩道の端に人が集まっているのが見えたのだ。

その中心にいたのはギャングなのに街の中でも屈指の人気者で、とくに年配の女性からえらく可愛がられているブチャラティさんだった。少し困っている様子の彼と、わいわい騒ぐお婆さん達。その光景が面白く感じて、私は思わずカメラを向けた。実は私も祖母がお世話になっていて、何回かこうして写真を撮らせて貰ったこともあった(どれも他人に見せたりしないようにと念を押されたけど)。だから軽い気持ちでシャッターを押した、のだが。

「……何これ?」

ブチャラティさんの隣に、変なものが映り込んでいる。それは青色と白色の人間のような姿をしていた。でも全身が引き締まっていて、とても幽霊やゾンビに通じるようなものではなさそうだ。それに画面の右上の端に何か文章が写っている。小さい文字ではあるが、それは正確に読むことができた。

“近距離パワー型の人型タイプのスタンド。生物を含め触れた対象にジッパーを取り付ける能力を持つ”

ジッパーって、リュックサックとかズボンについてるあの?

単語の意味は分かるが、肝心の文章の意味が分からない。それにスタンドって、あのときの?

「あら、ナマエちゃんじゃないの。そのカメラ新品? おしゃれねえ」
「ブチャラティを撮ってたの? 彼はとても写真映えしそうだものね」
「は、はい。………?」

少しカメラを弄ってみても何も変わらない。それどころか削除しようとしてもできない。まず削除するという機能がないのだ。

「やあナマエ、久しぶりだな。アニーがまたきみの自慢話をしに来てたよ」
「え、あ、ああ……、おばあちゃん、私に過保護なんですよね、あはは」

アニーというのは私の祖母の名前だ。って今ではそうではなくて! これはブチャラティさんに聞いてみるべきなのだろうか。……いや、なんで私はこんなに緊張してるんだ。きっとこのお婆さん達も幽霊だなんだと言われて終わるに違いないし、そうなれば笑い話で済むことじゃあないか。

「どうしたのナマエちゃん?」
「……カメラに変なものが映ってしまって。この、ブチャラティさんの隣と右上の端に映ってる文章なんですけど」

お婆さん達とブチャラティさんは私のカメラの画面を覗き込んだ。

「……? 何も見えないわよ」
「え? あ、あれ? 」

もう一度確認しても、確かにそれは映っている。周りのお婆さん達は全員揃って見えていない様子だった。ブチャラティさんにも見えませんか、と言おうと目を向けたとき、彼の頬を冷や汗が伝っていた。何か考え込んでいる様子だったけれど、今まで見たことがないくらい焦っている彼を見た私は、どう声を掛ければ良いのか分からなかった。でも比較的時間がかからないうちにブチャラティさんは口を開いてくれた。

「……少し、壊れているのかもしれないな。良い修理屋を知ってるから、案内するよ」
「え?」

顔色は明らかに悪いのに、口調と表情はいつものブチャラティさんのもの。ひどく矛盾している笑顔に、私は驚きと少しの恐怖で声が出なくなった。
別の話題で盛り上がるお婆さん達を置き去りにして、ブチャラティさんはほぼ無理矢理に私の腕を掴み、小走りで道を進んだ。私では危険すぎてとても通ることの出来ない路地裏を抜けた先にあったのは、地味でこじんまりとした建物だった。

「え、ええと……ここが、修理屋さんなんですか?」
「……すまないナマエ、落ち着いて聞いてくれ」

人通りのないこの建物の目の前でブチャラティさんは私の肩を掴む。私に謝る必要は彼には皆無だというのに、それでも申し訳なさそうで、やるせないという顔するブチャラティに何も言葉を返すことが出来なかった。

「最後の確認なんだが……最近誰かがライターを点火するところを見たことがあったか?」
「え?……は、はい、ありました」
「なら間違いない。ナマエ、きみにはスタンドが発現した」

スタンドって、あの私を襲った何かが言っていたあの? でも私はスタンドというものの姿を見たことは無いはず……あっ

「この、カメラが?」

ブチャラティさんは小さく首を縦に降った。確かにこれを見つけた状況はあまりにも不自然だった。それなのに、私はこれに馴染みがあると感じてしまった。それはおそらく、スタンドというものは自分の体の一部だからなのだろうか。


「きみのスタンドは一般人にも見えてしまうタイプなのか……いや、そんなことはどうでもいい」

私の肩を掴んだままブチャラティさんはじっと私の目を見つめた。今すぐ逸らしたいくらいだったけれど、彼の綺麗な瞳を見ていると、とてもじゃあないがそれは出来なかった。それでも体は強ばってしまい、風の吹く音がやけに大きく聞こえた。

「単刀直入に言う。もしきみがその能力を持っていると知られれば今までのような生活はできない」
「?、? 」
「落ち着いて聞いてくれ。本来その能力は俺たちギャングに取得している者が多い。例外はあるが、少なくともイタリアではな。スタンドを知られることは最も避けなくてはならないことだ。きみのその“能力”はそれを簡単に暴けてしまう」

普段表に出さず街の人々も見ないふりをしているブチャラティさんの仕事が断片的ではあるが明らかになっていくような気がした。でも脳は思ったよりも冷静で、ブチャラティさんが言った通り私の能力がギャングの人達に知られたら、間違いなく拉致されて利用されるだろう。つまり私のスタンドを初めて見たのがブチャラティさんだったということはとても幸運だったのだ。彼は目の前にあった建物を指差した。

「まず、きみのスタンドを詳しく調べる必要がある。そのためには安全な場所が必要だ。この俺のチームのアジトでなら、安心してスタンドについて教えてやれる。だが、俺には仲間がいるから案内するにはそいつらに報告しておかなくちゃあいけない。
……俺を、信じて任せてくれないか」

彼はギャングだけど、嘘はきっとついていない。私のことを本気で考えてくれている目をしていた。私は今まで不幸体質だと思っていたけど、案外“不幸中の幸運”は持っているのかもしれない。

「……はい」


このとき、私は状況に似合わずロマンチックな映画の中にいるような気がした。





2018.12.21