「あなたとはいつもこの時間に会う気がする。」

後ろの縁に腰かけている武士に言うと、武士はハッと顔をあげて、そうでござろうかとほっこりと微笑んだ。雀が合唱するかのように空を飛ぶ中、わたしと武士は隣に座り合って他愛もない話をするのが日常だ。けれど彼は武士、戦事になればこの密会も一時中断となる。この間は怪我を作ってこの密会に現れた。
「今日は土産物があるでござる。しかし気に入るかどうか…」「どれ?」武士がわたしの目の前に出したのは甲斐の有名は茶菓子であり、とても商人でも農民でも買えない品物だった。名高い武将でないと買えないものだ。

「この団子は甲斐一、とても美味しい。」
「…さすが武士様…」
「さあ、どうぞ食べてほしい。そなたと食べるために持ってきた。」

この幸せが続けばいいのだけれどそうもいかない。幸せそうに団子を頬張る武士は、とても綺麗だった。気分が悪くなり視線を落とすと、武士はどうなされたと表情を窺いに掛った。わたしはとてもじゃないが顔が上げられなくて、更に顔を隠すように肩を上げ恥ずかしさに押し潰されそうになってもつらさに押し潰されそうになっても顔を上げようとはしない。

「どうなされた?」
「…いえ、なんでもない。もう少しで仕事の時間になるから、寂しいなって。」
「あ……そ、そうか。それではまた、明日もここへ、」
「うん、そうだね。」
「うむ、とても愉しい時間であった。」



今日は月がない。わたしが行動するにはとても楽であった。この屋敷には見張りの数人しかいない、潜入するにこんなに楽な仕事はないであろうと思った。落ちていた小石を見張りの近くに転がしたが、見張りは音に気付きながらも辺りを見渡すことはしない、どうも腕の立つ者ではないようだ。わたしの主は無謬である。自分の主を誇りに思う。見張りを越して屋敷に忍んだ。数人の忍びの気配もあるが、わたしだって幾度このような場面に対立しているのだから慣れたものだ。今日の任務は武田の書物を盗みに入るだけだが、その書物がどうも重要なものらしかった。忍に会ったら殺すしかない。

潜入してからは先鋭であった。さすがと武田の忍は腕が立ったが、やはりわたしが勝った。余裕に瓦に腰を下ろして盗んだ書物を装束の中に入れると、後ろにはあの猿飛佐助が手裏剣を両手に持ってわたしを見下ろしている。「どうも。」「…嫌だねえ、女を相手するのは嫌いなんだよなあ」「それを平気でしちゃうのが猿飛佐助。わたしはこれにて。」真田幸村の居室に目を向けた。あそこには真田幸村がいる。素早く猿飛から体を背け、真田幸村の居室の障子を開けた。そこには着流し服で槍を持つ真田幸村の姿があった。この騒ぎの声を聞いて起きたのだろう、後ろでは旦那旦那と叫ぶ猿飛の声がし真田幸村は槍を握る力を強めた。装束から書物を真田幸村に見せ、「確かに」と告げて真田幸村に背中を見せた。こんなに堂々としている忍はいるのだろうか、こうして盗んだ書物を武将に見せる忍が。



「今日はいつもより遅いんだね」
「あ、ああ…晩に忍が屋敷へ入って大変だった…」
「忍の者が…それは大変…。」
「どこの忍なのかもわからず野放しにしてしまった。配下の忍に任せているのだが」
「武士さん、もしや、あの真田幸村では…」
「……い、いえ!そ、そっ……」

武士の焦りようはとても戦での猛々しさの面影がない。顔を真っ青にしている武士に笑いかけると、武士も段々と微笑んだ。自分が真田幸村だということに触れないでいる。わたしは「お忙しいようで」と多義の意味を含んで武士に言い放った。武士は眉を下げ、頭を掻きながら「面目ないでござる。」と言った。よもやわたしがその忍であることにこの武士にはわからないだろう。武士の近くに寄り添って腕に頭を預けると武士は体を跳ねさせて吃りながらわたしの名を呼んだ。

「武士様。わたしは、あなたをお慕いしています。どうか今だけこうさせてください。」

簡単だった。わたしはそこらの忍ではない、くノ一ななのだ。人を嘲笑いながら気を引くことだって、殺すことだって、難なくやり遂げることができる。「…そ、某も、某も、」幸福だった。この気持ちは嘘偽りがないのだから。







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