稲GOss | ナノ




(信+天)



正直な話をしよう。俺は今まで親友という類の友人を持ったことがない。友達は何人がいるのだが、そこまで自分の中に踏み込んでくる奴などいなかったのだ。

まぁよく考えてみると、あの命の恩人と出会って以来、自分は四六時中ボールばかりを追い掛け回していた為、自然と今まで遊んでいた友人たちは離れていった。更にそれは雷門に引っ越しても続いたもんだから、普通は友人づくりに費やすはずの、始めの肝心な時間すらサッカーに注いだ為、深入りしてまで自分と一緒に仲良くしてくれる奴などいなかった。
けれど、それを1度だって悔いたことはない。あの頃の俺は、ボールがあれば十分な、今思えば随分と窮屈な世界にいたから。


それが仇となったと、初めて己を悔いたのは、昨日。キッカケはよく覚えてないが、随分と些細なことだったと思う。けれどそれがエスカレートしていって、結果、信助と喧嘩別れした。


謝れば良いじゃない。昨夜の秋姉の言葉が頭に反響する。分かってるよ。でも、タイミングが分からない。だって、友達と喧嘩なんかしたのなんて初めてだもの。

結局、学校でも信助とは言葉を交わすどころか顔も合わすことなく、本日の授業は終わってしまった。委員会があるから先帰ってて。幼なじみの申し訳なさを含んだ顔に軽く手を振り、トボトボと重い足取りで帰路に着く。部活があれば良かったのに。なんでこんな時に試験期間なんだよ。追い打ちをかけるなんて、神様はとことん意地悪だ。頭を俯かせて歩く。視線は足元に。ジリジリと背中を焼く初夏の陽射しが今は辛い。ネットリとした湿気で汗が滲んでいく。嗚呼、いつもの帰路なのに、あの小さな友人がいないだけでこんなに寂しい。悲しい。


(…こんなの初めてだ)


友人がいなくても、俺の世界はボールとサスケと秋姉で成り立ってたんだ。他の物など必要なかったのに、今は、こんなにも物足りない。欠如した場所が苦しい。何が足りないって?決まってるじゃないか。

それは―――


「天馬」


声がした。振り返ると、そこには、小さな友人が立っていた。なんで。その言葉を最後まで吐く前に、信助は俺の手を取って、グイグイと引っ張っていく。されるがままになりながら、俺は非常に困惑していた。どうすれば良い?なんて話し掛ければ良い?ゴメン、と言ったら、お前は許してくれる?けれど、たった3文字の言葉が、形は作れど音として出てきてくれない。

1人であれこれと苦戦している間にも、信助はとある場所で足を止めた。顔を上げると、そこには学校の裏門にある小さな駄菓子屋の前だった。待ってて。と信助は言った。小さな手が離れていく。何となく淋しく思った。握られていた手の感触がまだ残ってて、何も考えずにその手を握ったり開いたりする。店の中に消えた信助。出てきたら、どんな顔をしてるだろうか。怒りを滲ませてるかもしれない。悲しみで顔が曇ってるかもしれない。それが怖い。
なんだか子供みたいだなぁ。内心で苦笑を漏らした。


「そんなところに突っ立ってたら、邪魔になるよ」


はっと意識を戻すと、信助はもう店から出ていた。ビニールを一つぶら下げて、こちらを見上げている。ほら、こっち。再び繋がれた手は、先ほどよりヒンヤリと冷たかった。店の外に設置してあるベンチに施されるように座る。二人で並んで座るベンチが、ギシリと軋んだ音を立てた。


「はい、天馬」


「……パピコ?」


パキリと小気味好い音を立てて、信助は片方のパピコをこちらに渡す。どうやら先ほど駄菓子屋で買ったのはこれらしい。戸惑いながらも受け取ったパピコはヒンヤリとして、さっきの小さな手のようだった。信助に習うようにパピコを口に含む。チョコレートとコーヒーが混ざった、冷たい味と柔かな食感。美味しい。と呟くと、信助は嬉しそうに笑った。


「これが仲直りの味だよ天馬」


だから、もう僕たちも仲直り。ギュッと繋いだままの手が握られる。信助、お前はすごいよ。だって、俺がずっと悩んで出来なかった事を簡単に出来ちゃうんだもん。こんなに単純な事だったんだね。俺、知らなかったよ。色々言いたかったけれど、言いたい事とか、溢れて止まらない沢山の感情とかが俺の中で一杯一杯になって、結局言葉に出来たのは、先程まで吐けずに悩んでいた3文字だった。


「ううん。喧嘩両成敗だよ」


だけど。だから。足元が揺れる。零れる。こんな漠然とした終わり方で良いのだろうか。これだけで、お前は、こんなにも小さな俺を許してくれるの?あう、あうと漏れる嗚咽が情けない。少し湿った手の温もりが、嬉しい。愛おしい。


「美味しいね。天馬」


優しい味だね。当たり前だよ。だって、仲直りの味だもの。




(喧嘩の幕引きなんて)
(こんなものだよ)





「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -