稲GOss | ナノ




(豪+天)



※死ネタ有り。




嫌なくらいに真っ青な空の日だった。ジリジリと容赦なく皮膚を焼く日の光を浴びながら、空に向けていた顔を下げ、小さくしゃがみこむ少年を見下ろす。小さな背中だ。まだ、未発達のその背中に服は汗で張りつき、着衣の上からでも確認できた。


(…意外、だな)


出会ってからまだ日は浅いが、彼には感情が豊かで、素直な印象を持っていた。だから、今も泣き崩れているものだと思いながら家を訪ねると、彼は真っすぐ背筋を伸ばしてこちらを迎えてくれた。その顔に涙はなく、ずっと自分を待っていたのだろうか、変わりにいくつもの汗を滲ませていた。


「あ、いけね」


「?」


「すみません豪炎寺さん。俺、ライター取ってきます」


振り返った彼の顔はやはり涙はなかった。慌てたように立ち上がり、横をすれ違う前に彼の腕を掴んだ。ジワリ。微かに湿った感触がした。


「待ちなさい。火なら持ってる」


「えっ」


ジャケットの内ポケットを探り、目当ての物を手渡す。恐る恐る受け取った彼は、茫然とそれを見つめ、プッと吹き出した。


「あはは、マッチだ」


「…?」


「ごめんなさい。マッチって授業の時くらいしか見ないから…ふふっ」


「………」


肩を震わせながら、再び背をむけしゃがみこむ。そういえば、確かに最近ではマッチなど見なくなった。自分が彼くらいの頃でも稀だったのだから、今の彼らからしたら、マッチよりもライターが主流なのだろう。ぼんやりと背中を見つめながら時代の流れを実感していると、渇いた音が数度と続き、困惑したような短い声が上がる。一歩近づき、覗き込む。すると、彼の足元には数本のマッチ棒が転がっていた。


「おかしいなぁ…やり方は合ってるのに」


「貸してみなさい」


隣にしゃがむと、彼は驚いたように肩を跳ねさせ、慌ててマッチ箱を渡した。


「随分と前の物だから、しけっているかもしれないな…」


「…あの、豪炎寺さんは、煙草吸ってるんですか?」

「?」


「えっと、マッチ持ってるからそうなのかなぁって…」


「いや、馴染みの店から頂いたんだ。煙草は吸わない」


答えを返せば、彼は安堵したような表情を浮かべた。


「良かったぁ。煙草は体に悪いから、豪炎寺さんが吸ってたらどうしようかと思った」


矢張りマッチは湿気っていたようで、三本目でやっと火が点いた。小さく灯る淡いオレンジを持ち上げてみせる。意図に気付いたのか、同じく慌てたように墓石の前に置いていた箱から線香を出し、慎重に近付け燻らせた。芳香の香りが鼻を擽る。この香りはあまり好きではない。幼い頃、父と妹と静かに母を見送った記憶をいつも思い出す。これは、終りの香りだ。


「良かったね、サスケ。豪炎寺さんが来てくれたよ」


墓石の手前に控え目な砂山を作り、そこに一本線香を立てる。ユラユラ、白い煙が躍るように緩やかに立ち上る。


「…意外だな」


「何がですか?」


「きっと、君は泣くと思っていた」


顔を向ければ、同じくこちらに向いた藍鼠はパチリと何度か瞬いた。それたらゆっくりと閉じて、再び前を向く。
ポタリ。一雫が顎を伝って落ちた。


「…悲しいけど、泣きません。だって、あいつは最後までちゃんとしっかり生きたんだ」


ジリジリと背中が焼けるように暑い。小さな墓の前、二人並んでしゃがみこんで。


「豪炎寺さん、あなたは俺たちの命の恩人です」


「…」


「もし、あそこで貴方が助けてくれなかったら、俺たち死んじゃってたかもしれない」


記憶の奥にある擦れた記憶。倒れていく木材から小さな子供を助けた古い出来事。あの頃は自分の無力さに苛立ちながら、遠くで戦う仲間を思う日々を過ごしていた。正直、他人に構っている余裕などなかったのだ。ただ強さを求めて、特訓に明け暮れていた。だから、彼を救ったその記憶は曖昧な形で自分の片隅に存在していた。
しかし、彼は成長し、歪んでいた世界に風を吹き込んだ。塞ぎ込んだ仲間の想いを起こさせ、まるで引き寄せられるようにかつての仲間を連れて、強く真っ直ぐに自分の前に立ち向かってくれた。

そして、その彼はこんな自分を恩人と呼ぶのだ。


「…大袈裟だ」


「良いんです。大袈裟でも。俺たちにとっては大きな意味を持つから」


そういえば、あの日も暑い日だった。本物の青が頭上に何処までも広がって、潮の香りが素肌を滑らせていた。


「俺たちは、本当は終わった命だったかもしれない。でも貴方が生かしてくれた。続かせてくれた。だから、俺たち決めたんです。生きて、生きて、ヨボヨボになって、この心臓が最後の音を鳴らすその瞬間まで生きてやろうって」


成長過程である少年特有の燐とした声が耳を震わせる。心地よい、真っすぐな声だ。


「サスケは最後まで充分生きた。約束を守ってくれたから、泣かないんです」


ポタリ。また落ちる。視線でその後を辿っていたが、ゆっくりと反らした。研かれた墓石に視線を滑らせて、終わりの香りを吸い込む。母と別れたあの日とは違う、悲しみだけが支配しない小さな別れの儀式。


「…今日は、暑いな」


見上げた空は何処までも真っ青だ。吸い込まれそうな青のその下で、大人と子供が小さく並んで、一匹の生命が空に向かうのを見送った。それだけの話だ。




(君は生きた)
(それで十分だ)





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