稲GOss | ナノ




(優+雨)



死の匂いを何度も嗅いできた。隣の病室の寝たきりだった老人。リハビリ室で顔を会わせていた男性。廊下ですれ違う度、挨拶を交わした少女。

彼らはみんな、同じ香りをしていた。


「京介、お前はここに来ちゃダメだよ」


一度だけ、幼い弟にそう言った事がある。その時の弟は、ひどく傷ついた表情を浮かべたが、次の日には何事もなかったかのように病室を訪れた。おはよう、兄ちゃん。向けられる普段どおりの弟の笑みに、自分はなにも言えなかった。


(嗚呼、京介、京介、違うんだ。お前を拒絶したわけじゃないよ。お前が憎いわけじゃない。ただ、この場所は死に余りにも近いから、いつかお前からあの香りがするのが俺は怖くて恐くて仕方がないんだ。大事な弟。俺の小さな子。お前は、お前だけは駄目なんだ。せっかく、この足を犠牲にしてでも守ったというのに)


「馬鹿だなぁ、優一さん」


ポタリと零れたものを、温かな手が拭った。室内にいることが多いため自分も対外細いが、彼のやつれた手先を見れば可愛いものだ。この骨と皮しかない手の、どこにこの温かさを孕んでいるのだろう。手の先を辿ると、矢張りそこにはやつれた少年がいた。鮮やかなオレンジ色の髪を豊かになびかせ、ベッドに横たわるこちらを見下ろしている。


「人間、案外しぶといんだよ。必死にしがみ付いて、見てるこっちが駄目だと思っても、簡単に戻ってくるんだ」


降ってくる言葉に目を瞑った。彼の言葉は聞いていて心地良い。何故なら、彼の言葉には嘘がない。素直な、芯のある淡い音。
小さくシーツを鳴らし、再び彼の顔を見上げた。また、この子は痩せた。大きな手術を控えた彼の、恐怖心がかいま見える。エメラルド色の瞳の下には、微かに隈が浮かんでいる。


「…怖いくせに。君は俺を励ましてくれるのかい?」


「ちぇ、ばれてるか」



でも、嘘じゃないよ。にこりと笑みを浮かべた彼は、見違えるほどに強くなった。多分、否、きっとあの子のお陰だろう。弟を救ったように、あの子は目の前の彼にも風を運んでくれたのだ。
そうやって、広がった風は弟を、そして彼を通して今も尚吹いている。


「見てて。僕が証明してあげるから」


解ってるよ。声にせずに呟いた。だって、君からはもう、あの香りがしないから。




(病は気から)
(要は全てそこに帰結してるのだ)





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