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(京天)



いらっしゃい。扉を開けて迎えてくれたのは、天馬のこちらでの保護者であり、こがらし荘の主である女性だった。何度か顔を合わせたことがあり、向こうもこちらを見ると、やはり親戚だからだろうか、どこか天馬に似た柔らかな笑みを浮かべて中に通してくれた。


「まだ自分では歩けないんだけどね、元気だけは有り余ってるみたい。さっきも暇暇って騒いでたから、剣城くんが来たって知ったら喜ぶわ」


ゆっくりしていってね。そう言って笑うその人に軽く会釈し、歩くたびに軋む床を鳴らしながら、目的の相手がいる部屋を目指す。先ほどの話から、今は誰も訪れていないと察した。助かった。今、誰か他の奴らがいたら、直ぐに引き返すつもりであったから。

それ程までに、今の自分は余裕がなかった。

目的の部屋の前に到着し、控えめに扉を叩く。はぁい。気の抜けた返事が中から響き、少し汗ばんだ手で扉を開いた。


「…剣城」


扉を開いた先には、ベッドに横たわった天馬がこちらを見て目を見開いていた。以前よりも痩せたように感じる。頭の包帯は取れたようだが、まだ頬にはガーゼが貼られており、半袖の部屋着から伸びる左腕には包帯が巻かれていた。顔から視線を外して足元を窺うと、左足には分厚いギブスが装着されており、ベッドの横には松葉杖が二本立て掛けてあった。


「・・・退院、早かったな」


「うん。案外早く家に帰れたんだ。先生も予定よりも大分早く治ってるって驚いてた」


ニコニコと笑って語る天馬に、安堵の息が漏れた。無意識に硬くなっていた肩をおろし、部屋の扉を閉める。扉に向けていた視線を部屋に戻すと、天馬はこちらを見ていた。その視線が何故か堪らなくて、捻じられたような痛みが胸を襲い、顔が歪んだ。天馬もまるでこちらの事を理解したように、両手を広げてこちらを迎える。


「剣城、きて」


動いた体は衝動的だった。誘われるようにその小さな体を抱きしめる。細い。やはりまた天馬は痩せた。薄くなった体にはきつかったのか、強く抱きしめる力に苦しそうに息が吐かれる。


「…良かった……っ」


「大丈夫だって言ったじゃんか。俺、強運だもん」


「知ってる。憎たらしいくらいにお前はしぶといんだ」


「あはは、酷い言い方」


笑いで小さく揺れる体に顔を寄せる。温かい。こいつが生きているという揺るぎない証拠だ。久しぶり温かさが、声が、匂いが、愛おしかった。





数週間前、一本の電話が回ってきた。名前を見れば、そこには雷門サッカー部のキャプテンの名前が表示されていた。部活の連絡だろうか。そんな気持ちで出てみれば、電話越しの声はいつもの冷静さが見られず、どこか震えていた。剣城か。問いかけに肯定すれば、相手は冷静さを取り戻そうと一息ついて、いいか。落ち着いて聞いてくれ。と言葉をつづけた。


『天馬が、交通事故で病院に運ばれた』


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