稲GOss | ナノ




(優+京(→天))



※33話。剣城視点。





(…あ)


ふと窓の外に視線をやると、先程からいなかった松風がテラスに見えた。見舞いに無理やり付いてきたくせに、なにを思ったのか気付けばその姿がなくなっていた。あいつの事だから、もしかしたら気でも使ったのかもしれない。それなら、最初からついてなど来なければ良かったんだ。眉間に寄る皺を感じながら、テラスに立つ小さな姿を見下ろしていると、カラカラと車輪の回る音と共に兄が隣にやってきた。


「あれ、天馬くんじゃないか」


いないと思ってたらあんな所にいたのか。柔らかく笑いながら見下ろす兄を横目で見ていたが、あ。という兄の声に窓の外に再び戻した。


「…っ」


「イタタ…大丈夫かな?」


窓の外の松風は、オレンジ色の髪をした少年とかぶさるように倒れていた。どうやらぶつかったようだ。少年の方は兄と同じ格好をしている所から、この病院の患者だろう。あの馬鹿。小さく舌打ちをするが、相手も松風も怪我はないようで、何事もなかったかのようにサッカーをやり始めた。


「…?」


「……ぷっ」


何が起きたのか分からず、その光景を凝視していると、隣から吹き出す音を拾い、見れば兄がケタケタと笑い始めた。


「ふふ、あははは!」


「に、兄さん?」


「はは、ごめん。でも可笑しくって…」


未だに小さく震える肩から、余程可笑しかったのだろう。確かに可笑しい。先程の様子から見て、知り合いというわけではなさそうだった。しかし、松風はそんな初対面の奴と今楽しそうにサッカーをしている。まるで、以前から知っている友人のように。けれど、それは松風だからだと納得している自分がいた。人懐こく、誰に対しても別け隔てなく接する松風の明るい人間性は周りから好意的に映る。だからこそ、腐っていた雷門サッカー部は一致団結し、反旗を翻すことが出来た。勿論、松風だけの力ではないが、それでもきっかけとなったのは間違いないだろう。
慣れとは怖いものだ。内心で失笑を漏らす。


「…天馬くんは知ってたが、相手の子も中々だ」


「…ん」


「あの身のこなし、きっとサッカーやってたんだろうな」


あんな子いたかな?首を傾げる兄に、兄が知らないという事は最近転院してきたのかもしれない。再び相手の少年を伺う。松風と何か話しながら楽しそうに笑っていた。

楽しそうに。


「…京介」


名を呼ぶ兄の声と同時に、右手が温かなものに包まれた。はっ、と我に返ると、兄は自分の手を掴んで、無意識に握っていた拳を開いていく。


「ほら、赤くなってる。握りすぎだぞ」


「ぁ…ご、ごめん」


いつの間にこんなに強く握っていたのだろう。やんわりと兄の手から逃げて、じっと右手を見つめる。掌の真ん中辺りに、爪の後がくっきりと赤く残っていた。


「…ふふっ」


「…今度は何だよ」


今日の兄はよく笑う。それは良い事だが、今は何だか素直に喜べない。兄は悪戯っぽく目を細めて、首を振った。


「いや、嬉しいなぁと思っただけさ」


「はぁ?」


「知らない間に俺の弟は青春を満喫してるようだ」


いやぁ、愉快愉快。カラカラと車椅子がベッドの方に向かっていく。はぐらかされた。離れていく兄の背中に目を細める。けれど、兄はもう話すつもりはないようで、ベッドに戻るから手伝えと声をかけてきた。
ちらりと、窓に視線を向ける。もうあの少年はおらず、松風が院内に戻っていくのが見えた。


「…馬鹿」


早く戻ってこい。微かに擦れたような思いのままに小さく呟いて、兄を手伝うために窓に背を向けた。




(近くにいるなら)
(よそ見なんて)





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