稲GOss | ナノ




10000Hit/4



「マサ葵(→天)」
※池亀様のみお持ち帰り可能です。




上手くいけば良いね。そう言ってやると、うん。ありがとう!と私が大好きな、本当に幸せそうな笑みを浮かべて走っていってしまった幼なじみ。以前よりも広くなった背中が見えなくなるまで見送る。曲がり角を曲がって、完全に姿が見えなくなって、私は漸く抑えていた目元を緩ませた。


「…ぅ、ふぇ…」


ポロポロ、溢れては零れ落ちていく涙を好きにさせた。放課後の誰もいない廊下の端っこで、とうとう私の長年抱えていた淡い片思いは幕を閉じた。窓から光が差し込む長い長い廊下の片隅で、1人肩を震わせて泣く。
悔しいな。ずっと、ずっと見てきたのよ。あの子の好きなあの人よりも、ずっとずっと、恋してたのよ。


いつからだったろう。ずっと隣にいた幼なじみが、遠くを見つめるようになったのは。何を見てるの。その目を見るたび浮かんだ疑問が喉まで通りかけて、いつも無理矢理飲み込んでいた。きっと、彼にしか見えない景色なのだろうから、視線を逸らして、知らぬ振りをしていた。

あの頃からだったのかもしれない。ずっとずっと変わらなかった、この心地よい距離が広がり始めたのは。


「…ぅう、うぇえ、グズッ」


ありのまま零れていく声と涙をぼんやりと見送っていると、廊下に下校時間を伝えるアナウンスが響く。いけない。帰らなきゃ。どこか冷静な頭で判断して、そのまま歩きだす。こんな酷い顔で誰かにバッタリ会ったらどうしよう。重い足を引きずって、一段、一段と階段を降りていく。もう、どうでも良かった。早く帰って、寝てしまおう。ズズッと鼻を啜って、最後の一段を降りた時だった。バサリ。何かが落ちた音が近くで聞こえた。足元に流していた視線を上げる。


「…あ」


「お…まえ、」


そこにはクラスメイトの狩屋が目を見開いてこちらを見ていた。パクパクと何度か口を開閉して、最終的には戸惑った声色で「どうしたの」と投げ掛けた。


「……狩…りやぁ…っ」


「うわっ、お前、何してんだよっ!!」


どこかでたがが外れたみたいに、再び涙の勢いは増して、目の前の同級生に抱き付いた。アワアワと焦った声を上げるが、どう離せば良いのか解らないようで、数歩と体が後退さっていく。離すものかと同じく数歩と進み、最終的には狩屋を窓際に追い詰める事で決着が着いた。身を硬くした狩屋に回した腕を更に強める。自分とは違う男の子の体。あの子と一緒のようで、やっぱり違う。それでも、他人の温かさが堪らなく落ち着かせてくれた。トク、トクと相手の奥で生きてる証拠が一定のテンポを刻む。


「…なんなんだよ」


どれくらいたっただろう。あんなにも流れていた涙も大分治まり、目尻がヒリヒリと微かに痛みだした頃、吐き捨てるように呟いた狩屋の今更な言葉に、クスリと笑みが零れた。ゆっくりと顔を上げて、ありがとうとお礼を述べれば、狩屋は片眉を上げて目を細めた。


「…ひ、ひっでぇ顔。鏡見たほうが良いんじゃない?」


「っ、もう!人が素直にありがとうって言ってるのに!」


台無し!と言葉と同時に足を思いっきり踏み付けてやる。悲鳴を上げて、痛みに悶えている狩屋を見て、また笑みが零れた。


「私ね、失恋したのよ」


「…は?」


「ずっとずぅっと大好きだったの。ううん、今も大好き」


不可解な表情を浮かべる狩屋に向かって好き勝手に話した。意味が解らなくても構わない。聞き流されても良かった。ただ、誰かに聞いてほしかったから。


「私、もっと良い女になるよ。見ててね」


狩屋が立会人よ。にこりと笑いかければ、狩屋は数度瞬いて、訝しそうに顔を歪めた。


「良い女って…よく恥ずかしげもなく言えるなぁ」


「なるったらなるの!もう決めた!」


「…はぁ」


意味解んね。疲れたように溢した呟くに笑みを深める。我ながら勝手だと思う。けど、何だかんだといって拒否の言葉を出さない友人の優しさが嬉しい。


「帰ろっ、私疲れちゃった」


「…はいはい」


きびすを返して、階段に向かう。はぁ、と後ろで漏らされる溜息を背中で受け流して、先程よりも軽い足を忙しく動かした。


可愛い幼なじみは今頃、想い人と一緒にいるのだろうか。チクリと痛む胸に触れると、先程の狩屋と同じ震動が手を通して響いていた。大丈夫。この想いは捨てなどしないから。胸の奥でずっと大事に抱えていく。それを糧にして、これから私は成長していくのだ。


チラリと窓に映った自分は狩屋の言ったとおり酷い顔だったけど、どこか吹っ切れたかのように清々しく見えた。
振られて終わりにだなんて絶対にさせない。遠くにいってしまったあの子が振り向いて、綺麗になったねって笑ってくれるその日まで。




(待ってるだけなんて)
(真っ平なのです)





「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -