稲GOss | ナノ




(京天)



※パロ
天馬シード設定




最近自然と目を追うようになった奴がいる。
別段サッカーが上手いわけではない。寧ろシード内では下手な方だ。強いて褒められる所といったらドリブル程度なもので、その他は素人同然だ。
では何故奴がシードになれたのか。答えは、奴が化身を出す事が出来たから。噂では聖帝自らが推薦してフィフスセクターにやってきたらしい。実力も技術もない。しかし化身を出す。極めてイレギュラーな存在だった。松風天馬という奴は。



「お前、なんでここに来たんだ」


ハァハァと苦しそうに荒い呼吸を繰り返して仰向けに倒れる松風を見下ろす。身体中痣だらけで、所々に包帯や絆創膏が見られる。それらの怪我の原因は俺達にある。
大半は練習によるものだ。普段の俺たちがこなす練習メニューに最近やってきたこいつがついていけずに出来た結果。しかし、それだけではないだろう。例えば左腕の内側に出来た内出血。場所からして明らかに練習では出来ない傷だ。一部の怪我は、こいつに対して向けられる他の奴らからの嫉妬や嫌悪に依って与えられたもの。

小せぇ奴ら。先程廊下で擦れ違った数人の顔を思い出そうとしたが、ボンヤリとしか浮かばない。そもそも、一々他人の顔を覚えるような性格ではないし、何より擦れ違った後にグラウンドでボロボロになったこいつを見つけたのだから意識してなかったのも当たり前だろう。
まさか、足をやられたわけじゃねえだろうな。ちらりとまだ未発達の細い足に視線を流す。こちらも同じように擦り傷や青痣がいくつか見られたが、大した傷ではなさそうで、無意識に安堵の息を吐いた。


「……足は平気…はぁ…サッカー出来なくなるのは嫌だから…」


はっと視線を戻すと、気絶していたと思っていた松風が笑みを浮かべてこちらを見上げていた。


「…、お前…」


「君、剣城京介くんでしょ?知ってる。サッカーすごく上手いよね」


いてて、と呻きながら上半身を起こす松風にただ黙っていると、大きな瞳が実に嬉しそうに細められた。


「俺、松風天馬っていうんだ。よろしく!」


「……知ってる」


「え、本当!?」


えへへ、嬉しいなぁ。はにかみながら頭を掻く松風に顔が歪んだ。調子が狂う。シード内にこんなにも警戒心のない奴はこいつ以外にはいない。いつだって、周りには味方は一人もいない。信じれるのは自分のみ。サッカーはチーム戦だが、チームメイトすらも利用する材料でしか考えていない。だから、こうやって裏表なくニコニコと接してくる相手の仕方など慣れてない。

こいつ、いつか潰されるな。冷めた思考ではそう思うのに、どこかでその事実が気に食わない自分がいる。
今みたいに他人に傷つけられて、ボロボロになったこいつを見ていると、何故だろう。酷く胸が騒つく。


頬に手を伸ばして、額の傷から滲んでいる血を舐めとった。温かな体温に微かな鉄の味。あまり舐めるようなものではないなとボンヤリ思っていると、ドンッと強い力で押し返された。何すんだよ。声を低くして言うと、松風の顔は熟れたように真っ赤に染まっていて、泣きそうな、はたまた怒ったようなと様々な感情がごちゃ混ぜになった顔をしていた。


「きき、聞きたいのはこっちだよ!何すんだよ!」


「舐めれば治るって言うだろ」


「それだったら自分で舐めてるよ!汚いだろ!他人の血なんて!」



まだ消毒だってしてないのに!!きゃんきゃんと喚く目の前の相手にハイハイと適当に宥める。その態度が気に入らなかったのか、松風は不満げに睨み付けてくる目を向けてきた。その目に視線を合わせてやると、ビクッと肩を跳ねさせて、困ったように視線を伏せた。

成る程。こいつのこの態度から見て、あいつらの虐めはまだそういった類のものには発展していないようだ。しかし、確かこいつは俺と同年だ。しかもこんな初そうな顔では、遠からず下劣な手が伸びてくるだろう。

気に入らない。


「…なぁ、本当にお前なんでここに来たんだ?」


先程の問いを投げ掛ける。理由が見えないのだ。他の奴らみたいに力や権威が欲しいわけじゃない。俺みたいに条件付きというわけでもない。
じゃあ、何故こいつはここにいる?


「ここはお前みたいに楽しんでサッカーしてる奴なんかいない。お前も解ってんだろ、ここは、強さや秩序を守る為には道徳さえ躊躇なく捻曲げる」


世間は認めずとも、ここではおかしいのは俺たちじゃない。お前だ。綺麗事が通ることなんてないこの場所に、何故ボロボロになってまで残りたがるのか。松風はその大きな瞳を数度瞬かせ、少し眉を下げた。


「え、と…明確な理由はないんだ。状況が状況だったんだ。ここに来なきゃ俺の夢が叶わなくなるって思ったから」


それに。言葉は不自然に途切れた。様子から見て、これ以上言うつもりはないらしい。少し気に入らなかったが、別段引き出す程興味が湧いたわけでもないので、見逃した。

兎に角、こいつは今後もこの場所に残ると言う事だ。


「お前、いつか潰されるぞ」


「潰されるのは嫌だな。でも夢を諦めたくはないんだ」


強い眼差しが光を帯びる。先程まで不安に揺れていたというのに。胸の奥が微かに燻る。嗚呼、面白い。口元を微かに緩ませると、松風は訝しそうにこちらを見ていた。


「なぁ、助けてやろうか」


「え?」


「潰されないように、手伝ってやろうか」


藍鼠色が瞬く。なんの汚れもない、何も知らない瞳。

これが欲しい。汚してやりたい。そんなどす黒い感情が湧き立つ。
片手を相手の前に差し伸べる。


「なぁ、どうする?」


「…剣城?」


何かしら違和感を感じたのだろう。少しの間、松風は迷っていたが、決心したのか、一息着いてから、手を伸ばした。


暖かな手が、自ら触れた。


「よく解んないけど、ありがとう。剣城って良いや…」


相手の言葉をすべて聞く前に、繋いだ手を引っ張った。見開かれたその目を見ながら、項に手を回して唇に噛み付いた。直ぐ様好き勝手に荒らすと、状況が判断できず、ポカンとしていた顔がみるみる内に赤く色づき、息を荒げていく。慌てたように腕の中で暴れる松風を力付くで地面に押さえ付けて、行為を続ける。時折漏れる声が自分の物よりも高く、まるで女を犯しているような錯覚に陥った。十分堪能し、口を放すときには、松風はハッハッと荒く息を上げて力なく倒れこんでいた。抑えていた手を離しても松風はそのまま大人しい。ゆっくりと涙の膜が張った目を開き、未だに唾液が零れた口を開いて、どうして、とか細い声を発する。


「条件無だなんて言ってない。そういう事だ」


最後に、と倒れこんだ松風に覆いかぶさり、首もとに顔を寄せた。ヒッと小さく悲鳴を上げて身を固くするその小さな肩を地面に押し付け、汗と微かな土の匂いがするその肌に口付ける。強めに吸った箇所は淡い紅の跡を残す。その跡に優越感を感じながら、警戒心を露にして見上げる松風を無視して体を起こした。


「利害は一致してるんだ。交渉成立だろ?」


「そんなの…聞いてないっ」


「聞いてこなかったじゃねえか。それに、遅かれ早かれこういう目に合うんだ。それなら俺が相手でも構わねぇだろ」


言葉の意味が解らず、困ったような表情を一瞥して、足を出口に進めた。


「ヤバくなったら俺の名前出せ。大概は何とかなる」


「あ、ちょっと待てよっ」


剣城!呼び掛ける声を無視して、グラウンドを出た。結局言わなくても、ここにいる限り嫌でも理解するのだ。そのきっかけを自分が与えただけだ。

そしてそれらを、何も知らないあの存在に経験させるのも自分なのだ。その事実に気持ちが高揚した。あれは、もう俺のもんだ。


(嗚呼、どうしてくれよう)


狂ってる。頭の中で、冷静に客観視する自分が呟いた。何を言う。ちゃんと選択はやった。手を取ったのは向こうだ。ならば、問題などないはずだ。
腐ったこの場所で、同じように腐り切った自分の口元が自然と歪んでいくのを感じた。




(Welcome!ようこそ!)
(さあ、一緒に楽しみましょう)





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