稲GOss | ナノ
(京+信)
※これの続き。
「天馬がね、変なんだ」
部活の帰り、意外な奴に呼び止められた。着替えを終え、帰ろうと荷物を持ち上げると、ねぇ。と声をかけられた。振り返ると、同じチームメイトである西園がこちらを見上げている。西園を見た瞬間、自然と視線が隣を探る。しかし、いつも一緒にいる人物は見当たらず、どうやら西園1人のようだった。珍しい事もあるものだ。相手も気付いたのか、少し淋しそうに眉を下げて、天馬はもう帰っちゃった。と答えた。
「…喧嘩でもしたのか?」
「それはこっちの台詞だよ」
気付いてないとでも思った?そう言って西園は首を傾げながら笑う。中々目ざとい。目を眇め、これ以上探られては面倒だと背中を向けた。しかし、相手はまだ逃がすつもりはないようで、直ぐ様横に着いて歩き始めた。
「ねぇ、やっぱ喧嘩したの?」
「……してねぇ」
「違うの?じゃあなんで天馬は剣城の事避けてるんだろう」
歩いていた足を止めた。矢張り、自分は松風に避けられていたのか、数日前から薄々感じてはいたが、第三者からも気付くとすれば、もう確実だろう。
「剣城、天馬に避けられるような事した?」
「…そんな憶えねぇな」
「じゃあ天馬の一方的なものなんだ」
ふむ。と顎に手を当てる仕草をする西園に、なんだか警戒していた自分が馬鹿らしくなってくる。そういえば、こいつは松風と似てマイペースな天然だった。調子が狂うのはそのせいか。はぁ、と溜め息が盛れる。ここは大人しく相手のペースに合わせよう。そうしなければ、相手はしつこく粘ってくるのだと散々松風に思い知らされた。
「…で、お前は何を俺に聞きたいんだ」
「うん。僕ね、天馬が剣城が好きって事知ってるんだ」
転びそうになった。あまりに衝撃的な事実に、ギョッと顔を向けると、西園はにこりと何時も通り食えぬ笑顔を浮かべている。
「解るよ。だって天馬といつも一緒にいるんだ。すぐ解ったよ」
「………」
「それとね、剣城が困ってる事も知ってる」
大きな瞳が此方を見つめる。年齢よりも幼さが見られるその顔つきだが、中身は思った以上に大人びている。どうやら相手は他人の感情に敏感なようだ。意外なこのチームメイトの一面に舌を巻いた。見た目と中身はイコールじゃないとはこの事か。
「なんで剣城が困ってるのかは知らないよ。だから、別に兎や角言いたいわけじゃないんだ。これはきっと剣城と天馬の問題だから」
「じゃあ、何が言いたいんだ」
「うん。ただ独り言を言いに来たんだ。これは僕が一方的に言いたい事だから、剣城は答えなくて良いよ」
だから、勝手に聞き流してね。
勝手だ。そう思った。でも、嫌いじゃない。無理矢理押し付けられるより、こうやって勝手にやってくれる方が気楽に聞ける。自分が他人の話を素直に聞かないと知っているからこそ、こいつもこのように言ったのだろう。解っている。
「僕ね、天馬が好きなんだ。あ、勿論友達としてね」
天馬はすごい。我が儘だし、自分勝手な面もあるけど、絶対に諦めない。真っ直ぐ前を向いて、脇目も振らずひたすら走っていく。見てるこっちが気持ちが良いほど。
「だから、今みたいに天馬が立ち止まってると心配で仕方ない。天馬は凄く強いけど、その分傷つき易いと思う」
前を行く背中が、気付けばうなだれていた。それを見た時、初めてこの友人が自分と同じ中学生なのだと気付いた。
天馬は挫けないと思っていた。ずっと真っ直ぐ背筋を伸ばして、それこそヒーローの様に、何事にも動じず、立ち向かっていくのだと。
「だから、天馬を助けてやりたい。でもきっと僕じゃ駄目なんだ。解るよ。ずっと一緒にいたんだもん」
でもね、困ったね。そこでやっと西園は言葉を切った。沈み掛けだというのに、その夕焼けが彩ったオレンジ色は此方が息を呑むほどに濃い。何もかもをオレンジに染め上げた景色の中で、小さな口が開く。
「僕、天馬と同じくらい剣城も好きなんだ」
はにかんだような、困ったようなと複雑に感情を混ぜて西園が笑う。その顔にどう答えれば良いのか解らず、結局視線を外すことしか出来なかった。こんなの知らない。何で、こいつは、あいつは俺をそんな風に見るのだろう。まるで愛おしいものみたいに、柔らかく、包むように見てくるのだろう。
それこそ、兄のように。
ムズかゆさのような、居たたまれなさを抱えて、歩く事に専念する。
早く仲直り出来たら良いね。隣で西園がそう呟いたから、喧嘩なんてしてねぇよ。と苦し紛れに吐き捨てた。そう、これは喧嘩じゃない。これはそんな甘ったるいものではない。
カタカタ。どこかで悲鳴を上げている。俺じゃない、誰かの悲鳴。もう、知らぬ振りが出来る期限は過ぎたのだ。
(…どうすれば良い)
決着をつけなければ。答えは昔から決まり切っているのに、深くこびり付いたこの迷いはなんなのだろう。
(ほら、ごらんよ)
(もうすぐフィナーレだ)