稲GOss | ナノ




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「あれ?輝早かったね!」


後ろから走ってくる足音を拾って、一緒に歩いていた西園と振り返ってみると、先程忘れ物を取りに学校に戻っていった影山輝が向こうからこちらを目指していた。こちらに追い付くと同時に脚を止め、背中を丸めて息を整えている。部活帰りだというのに随分と元気なこった。自分と変わらぬ背中を見下ろしながら、お世辞程度に「大丈夫?」と声をかけると、影山はゆるゆると身体を起こした。


「うわっ、汗だくだよ!そんなに急がなくても待ったのに」


「…あ…えっと、ごめん、なさい」


「謝る必要ないんじゃ…どうしたの?」


上げた影山の顔は走ってきたには赤すぎて、西園と視線を合わす。


「気分でも悪いの?顔真っ赤だぜ」


「へっ!?」


「部活後なんだから無理しちゃ駄目だよ?明日に響くよ」


「あ、ああ、うん。」


大丈夫。ありがとう。そう笑ってみせるが、その笑みは普段よりも強張ったもので、どこかソワソワと落ち着かない。おかしい。西園も感付いていたが、当の本人が言う気がない様子なので、結局何も聞かず帰路を辿る。
じゃあ、また明日。小さな手を振りながら走っていく西園の背中を見送って、再び足を進める。それから10分程だろうか、中身の無い会話を交わしていたが、隣の気配が落ち着き無くこちらを見てくる。なにかを言おうか言うまいか悩んでいるように、口を開閉してはチラチラと視線を送ってきて、知らぬふりを決め込んでいたがそろそろ限界だった。


「…もう何だよ!面倒臭いなぁ、言いたいことがあるなら言えよ!」


「うぇっ!ご、ごめんなさい!」


思わず声を上げると、相手は大袈裟に身体をびくつかせて謝ってきた。少し罪悪感が滲むが、ここで攻めなければこいつは何でもないと濁してまたソワソワと先程のように落ち着きを見せなくなるのだ。睨むように目を細めて、相手を追い詰める。影山はアウアウと言葉になってない声を上げていたが、最後にはがくりと肩を落として「言います」と観念した。


「言うのは良いけど、面倒ごとは勘弁だぜ」


「…なら聞かなきゃ良いじゃないですかぁ」


鋭く睨むと、相手はキュッと口を塞いだ。こいつの良いところは空気が読めるところだ。他の面子は余計な事を悪気なく言い放ってケタケタ笑っているような、一緒にいて疲れる性格だから、こういった物分かりの良い奴は疲れなくて良い。顎を動かして話の続きを催促すると、影山は口をモゴモゴさせてから、漸く開いた。


「…あの、剣城くんの事なんですけど」


「は?」


思ってもいなかった同級生の名前に目を見開く。影山と剣城の接点などあっただろうか。いや、皆無と言っても過言ではない。そもそも、剣城京介は余り他人と交わらない。気付けば人の輪よりも離れたところに1人立って、その輪を黙って眺めてる。話しても一言二言で会話は途切れる。もういいだろ。とでも言うように直ぐ様視線を外して、どこかに行ってしまう。そんな印象を持っていた。入部時から一緒の西園にも素っ気ない態度なのだから、まだ入って間もない影山など尚更だ。
そんな影山が剣城京介の話題を持ち出してくるのだから、驚いても仕方の無い話だろう。


「どうしました?」


「あ、いや、別に。どうぞ続けて」


「はぁ」


影山は不思議そうな顔を浮かべていたが、直ぐ様複雑な表情を作って続けた。


「あの、僕あまり剣城くんの事知らないんだけど…その」


「だろうね…うん」


「……か、彼にはこういった関係の方がいるんでしょうかっ!?」


じわじわと話していくうちに影山の丸い頬は赤みを増していき、バッとこちらに突き出した拳には小指のみが立っていた。
初めは意味が解らなかったが、その突き出された小指の意味に気付いてくだらなさが生まれる。


「…なぁんだ。深刻そうに相談するから何かと思えばそんなこと気にしてたの?」


「そんな事じゃないですよ!こっちは真剣なんですから!」


「阿呆らし。影山くんが同級生の恋愛事情を探るような出歯亀だったなんてショックだなぁ」


「でばが…ち、違いますよぉっ」


キャンキャンと喚く相手の情けない顔に気分が良くなる。単純。コレは良い玩具になりそうだ。内心で笑みを浮かべながら、更に相手をからかうために口を動かす。


「悲しいなぁ。影山くんとは仲良くなれると思ってたのに」


「ちょ、狩屋くん、酷い、からかわないで下さいよっ」


「なに?じゃあもしかして君剣城くんの事好きなの?」


「やめてよ!違いますよ!僕男です…ょ……」


向きになっていた相手の声は突然小さく萎み、プツリと止まった。不思議に思い、顔を覗けば、影山はポカンとした表情を浮かべ、直ぐ様真っ赤に染まっていった。


「…え?マジなの?」


「…違います。でも、その……」


影山は顎に手を当てて暫らく黙っていた。沈み切った空には点々と星が飾られていく。
そして、何かを決意したかのように影山は1人頷いて、クルッとこちらを見た。

「…狩屋くんの言うとおりですね。他人の恋愛に首を突っ込んじゃいけないや」


「…は?」


「ありがとうございます。狩屋くんが注意してくれなかったら、僕本当に出歯亀になっちゃうところでした」


さあ、帰りましょう。明日も朝練だ!
意気揚々と足を速める相手の背中に肩透かしを食らった気分だった。呆気に取られて暫らくその場に立ち尽くしていたが、どうしたんですかぁ、という呑気な声に我に返り、沸々と沸き上がってきた苛立ちのままに相手を追った。結局、自分はこの同級生に振り回されただけだっだという事実を突き付けられ、グルグルと悔しさが渦巻く。走る速度を増して、追い付いた相手の頭を一発殴った。ぎゃん。可笑しな鳴き声にすっと苛立ちは収まり、これでチャラにしてやろうと溜息を一つ。
それは白い靄になって、暗闇に消えていった。








(…言えない。言えるわけ無いよ)


微かに耳に届いた、泣きそうな声で相手を呼んだあの声が、お互い良く知ってる同級生の声だったなんて。




(知らぬが仏)
(お目目を閉じませう)





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