稲GOss | ナノ




(鬼輝)


知らない名前の知らない香り。きっと香水のものだろう。女の人みたいに甘くない上品な香り。大人の香り。
でもその香りに掻き消されたこの人の匂いはどんなものなのだろう。視線を動かすと、さらりと相手の長い髪が流れた。そこから覗いた白い首筋。顔を近づけて鼻を寄せる。


「…何をしている」


「匂いを嗅いでるんです」


「匂い?」


「鬼道コーチの匂いです」


匂いなんて嗅いでどうするんだ。耳に届く低い声。同級生とも先輩とも違う大人の声。
目の前の首筋も、近くに響く声も、広い肩幅も、背中に感じる逞しい腕も全部大人のもの。


(…なのに)


こうやって自分を抱きしめる姿はなんだか子供のように感じた。それは普段のこの人の姿を知っているから尚更に。いつも冷静で知性的、スラッと真っ直ぐ伸びた背筋が印象的で、たまにこちらを移す緑色の分厚い眼鏡が苦手だった。コーチは誰よりも叔父の近くにいたと聞いた。詳しい事は知らない。それでも、眼鏡の向こうからこちらを見ているのは自分ではなく、その向こうにいる叔父なのだとボンヤリと理解していた。


「鬼道コーチは……」


「なんだ」


「……やっぱいいです」


視線を合わしたくなかったから首筋に顔を埋める。またコーチが自分の中に叔父を見つけてしまう。好きとかそういう感情はないけれど、それだけは耐えられない。白い首筋に鼻を寄せてみたけれど、やはり名前も知らない大人の香りしかしなかった。




(ここには僕がいない)
(こんなに近くにいるのに)





第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -