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(輝+天)



昔から人の目を探ることが得意だった。そこから感情を読み取って、その相手との距離を測った。自分が持つ苗字を名乗って、その微かな変化を読む。滲んだ憎しみや不快感。それは自分に向けられたものではなく、かつての伯父のものなのだと割り切って今日まで生きてきた。正直、もう慣れたつもりだった。覚えのない恨みも。伯父の罪も。

それでも、あの人は怖い。出会ったとき、何故か薄ら寒さを感じた。
何故だろう。


「輝?」


どうしたの?覗き込まれた藍鼠色の瞳。この瞳は好き。恨みも不快もなく、真っ直ぐだから。無意識に強張った肩を緩めて、笑みを浮かべる。何でもないですよ。すると天馬くんは数度瞬きを繰り返して、何も言わずに隣に腰掛けた。


「どうしました?」


「んー…何となく」


そう言って、ぼんやりと何もない場所を見る天馬くんは、まだ出会って日が浅い自分が言うのもなんだけど少し変わってると思う。サッカーをしてる時はキラキラしてるけど、マイペースで少し強引だ。狩屋くんあたりは良く振り回されてるし、先輩たちに叱られている場面も見る。天真爛漫を人の形にしたら彼みたいになるのかも。
彼になら良いかもしれない。少しだけ緩んだ思考が、ポロリと口から零れた。


「…鬼道コーチって、どんな人ですか?」


「へ?」


しまった。直ぐ様口を押さえるがもう遅く、疑問を浮かべた大きな目がこちらを映す。


「あ、いや、その」


「輝、鬼道コーチ気になるの?」


「…ぅ、うん」


気まずくなって顔を俯ける。天馬くんは少しの間こちらを見ていたが、うーんと声を唸らせて腕を組んだ。


「俺もあんまり知らないんだよね。鬼道コーチって最近雷門に来たばっかりだから」


「え?そうなんですか?」


「うん。元々帝国学園の監督だったんだけど、革命の為にわざわざ雷門のコーチになってくれたんだって」


あとね、伝説の稲妻イレブンのメンバーで、円堂監督の親友なんだよ!興奮してきたのか、天馬くんの身振り手振りが大きくなっていく、キラキラした瞳は見ているこちらも嬉しくなってくる。


「でも、俺実は鬼道コーチ少しだけ苦手なんだ」


「…え?」


「えっとね、内緒だよ」


眉を寄せて、口元に人差し指を置いた彼に、動揺しながらも頷く。天馬くんも、あの人が苦手だなんて、全く知らなかった。


「…時々、鬼道コーチの言ってることが理解できないんだ。なんか…」


「なんか…?」


「……難し過ぎて」


「……へ?」


相手の言葉が一瞬理解できなかった。しかし、相手はそれをきっかけに流れるように話し始める。


「だって、鬼道コーチって難しい言葉ばっかり使って、作戦とかちんぷんかんぷんになるんだよ!先輩たちはともかく、剣城や狩屋は理解してるみたいだし、信助もうんうん頷いてるし、いざ実践ってなるといつも俺だけ失敗して呼び出されるんだよ!最近では俺の為だけにって鬼道コーチと個人レッスンみたいになっちやって、怒られるし、威圧感あるし、泣きそうになるよ!」


あ、でも偶に音無先生がお菓子持ってきてくれるのは嬉しいかな。ニコニコと語る天馬くんに、何だか自分の悩みなんかどうでも良くなってくる。苦笑を浮かべて黙っていると、天馬くんは、あ。と何かを思い出したように声を上げた。


「でもね、一緒にいる時、眼鏡の奥の目が見えるんだ」


緑の硝子の向こうから、鋭くて思ったよりも大きな瞳。近くでなきゃ見えない、鬼道コーチの目。


「思ってたよりも優しい目してるんだよ、あの人」


普段は凄く厳しいから、意外だったなぁ。
胸の奥でストンと何かが填まった。そうか。あの人が怖いのは、あの人の目が見えないからだ。いつも相手の目を見て判断していた自分だから、あの深い緑の硝子のせいで、その奥にある瞳が見えないあの人の感情が探れなくて、恐れていたのだ。理解した途端、今まで感じていた薄ら寒さがなくなった。人は理解すれば恐怖は消えるものなのか。安堵したと同時に、笑みが浮かんだ。


「天馬くん」


「なに?」


「今度、僕も付き合いますよ」


僕もあんまり頭良くないから。そう言うと、天馬くんはまた瞬きを繰り返して、くしゃっと嬉しそうに笑った。


「約束だぞっ」


やっぱり、彼の藍鼠色の瞳は好きだ。向けられる度に心地好く感じる。あの人の瞳も、彼のようだったら良いと思う。でも憎しみや不快感を滲ませてても構わないとも思う。
伯父の分まで進め。そう言ってくれた初めての人だから。




(全てじゃなくて良い)
(それだけで良い)





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