稲GOss | ナノ




(マサ+天)



(……めんどくせぇ)


夕日は随分と前に沈んでしまった。チラホラと目立ちはじめる星屑を適当に数えて、すぐに飽きてやめた。秋が近い為、冷えた風が通り抜けて少し肌寒い。制服に包まれた腕を慰め程度に擦る。隣をチラリと見れば、数十分前と変わらない丸まった格好と微かに聞こえる鼻を啜る音。
もう八時だよ。天馬くん。返事を期待しないで声をかけてみると、意外にも籠もった小さな返事が返ってきた。返事を返す余裕は生まれたようだ。


「もう帰ろうよ。明日も朝練あるぜ」


「…うん」


ユルユルと上がった彼の顔は暗い中でも目元が真っ赤に腫れている事が分かった。冷えて固まった身体を解しながら立ち上がる。隣の彼も釣られるように立ち、人影のないくらい道を歩く。ポツポツと間隔をあけて夜道を照らす街灯。隣の鈍い歩調に合わせて、会話もなく歩いていく。なぜこんなことになったのか。思い返せば本日の部活帰り、帰り道が途中まで一緒であるサッカー部の元気印が頭を垂らしながら歩いていた。これは珍しいと好奇心のままに声をかけてみれば、突然特訓すると喚いて勢いのままに河川敷に引っ張られ、数時間の自主練に付き合わされた。そこら辺から後悔に襲われていたわけだが、更に面倒になったのは特訓とやらの真っ最中、狂ったように走り回っていた奴が突然止まり、どうかしたのかと近づいた途端まるで餓鬼の様にピーピー泣きだしたのだ。その泣き方がまた同い年とは思えぬような、プライドもへったくれもない稚拙なもので、我に返るまで、泣きだしたこいつを俺はただ呆気にとられて茫然とその様子を見ていたくらいだった。

そして、今に到る。随分と無駄な時間を過ごした。募り募る後悔や苛立ちやらという負の感情を体内でグルグルと掻き混ぜていると、隣から視線が送られていることに気付いた。視線の元を辿るとそこには真っ赤に目を腫らした大きな瞳がこちらを映していた。


「…なに?」


「うん。狩屋、今日はありがとな」


あとごめんな。ついでのような謝罪にヒクリと口がひくついた。暗くて良かった。今の自分の状態では誤魔化しきれない。


「いいよ別に。よく解らないけど、気が張れたみたいだから良かった」


「…なぁ。理由とか聞かないの?」


「…今日は疲れちゃったから、もうどうでも良いかな」


一瞬、頭の中に黄色い眼光が過る。確信はないけど何となく原因は曖昧ながら理解出来た。興味はあったけど別に横槍を投げるつもりもないし、面倒ごとに巻き込まれるのは勘弁だ。適当に躱して、この話を終わらせようとする。相手は少しの間此方を見ていたが、「そっか」と笑った。


「良かった。俺も聞かれたら困ってた」


「そう」


「狩屋は優しいなぁ。お陰で俺とってもスッキリしたよ」


ズズッと鼻を啜る音が耳を擦る。あんなに泣くならサッサとそんな気持ち等捨ててしまえば良いのに。あの時、人があんな弾けたかのように泣いた姿を初めて見た。声を絞りだすように出して、目から際限なく涙を流すその姿は感情が溢れ零れていた。見ているこちらが胸を捻られたように苦しくなって、思わず手を伸ばして背中を擦ってしまった。普段の自分であったら絶対にやらない。しかし、あの時だけはどうしても何かしてやりたくなった。背中を何度も擦って、少しでもこいつが楽になればと願ってしまった。
思い出して、何だかやるせない気持ちになった。らしくない。ギリッと噛み締めた奥歯が嫌な音を立てた。気持ち悪い。なんなんだ。調子が狂っちまう。ガシガシと頭を乱暴に掻けば、隣の彼が不思議そうにこちらを見た。


「そんなに強く掻いたらハゲちゃうよ?」


「…そんな天馬くんは明日顔が腫れ上がって大変だろうね」


えぇ!?と顔を撫でる相手に少し胸がはれた。今日は散々だったんだ。明日は朝練をサボろう。そう決めて、しつこく喚いている隣の高い声を無視しながら、冷えた夜の帰路を急いだ。




(泣きたくなったらおいで)
(見晴らしくらいは良くしてやるよ)





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