稲GOss | ナノ
3000Hit-2
「どうかしたのか、天馬?」
此方を覗き込むキャプテンの綺麗な顔にドキリとするが、そんなことをしてる場合じゃない。黙ったままでいると、キャプテンは少し眉を下げて、調子でも悪いのか、と本格的に心配しはじめた。少しだけ罪悪感が生まれる。なので、耳を澄ませなければいけない程に小さな声で違うと呟けば、本当に安堵したような笑みを浮かべるから、こちらの罪悪感は更に増幅する。
「何か悩んでいるなら言ってみろ。少しは役に立つかもしれない」
「…悩み事なんてないです」
「嘘吐くな」
これが悩みの無い顔なものか。頬を加減した力で引っ張られる。やめれくらはい。非難を込めて睨み付ければ、キャプテンは苦笑を漏らして手を離した。(それが少し残念だと思ったのは内緒)
「大体、キャプテンも悪いんですよ!」
「…?何の話だ?」
「皆知ってました!私だけ知りませんでした!」
「え?天馬、なんのことを言ってるのか解ら」
「私たちが付き合ってる事を皆が知ってる事、私だけ知りませんでした!!」
言ってる間にも顔が真夏日の様に熱くなっていく。唖然とした表情を浮かべたキャプテンはやっぱり綺麗だ。自分なんかよりも。まるで別次元の人みたいに。
解ってた。これはキャプテンは何も悪くない。もしかしたら、キャプテンだって今初めてその事を知ったのかもしれない。
それでも羞恥心とか鬱憤とか様々な感情が織り交ぜになって、どうでも良いことすら口から吐き出されていく。
「キャプテンは狡いですよ、学校でも絶えず噂ばっかり聞くし、私のクラスメートの女の子にも人気だし、何でも出来るし、頭も良いし、ピアノだって上手だし、」
学校でキャプテンの名前を聞くたびに、私が知らない貴方が生まれていく。こんなに近くにいるのに、私なんかよりも他の皆の方がキャプテンの事を知っているのだ。出来るだけ平静を装ってたけど、本当は辛かった。悔しかった。聞くたびに少しずつ少しずつキャプテンが離れていく気がしたから。
本当に、王子さまになってしまう気がしたから。
「足も、長いし、ヒッグ、髪の、毛フワフワだっ、し、サッカーも上、手だ、エッグ、し」
ボロボロとこぼれ落ちる涙で視界がぼやけていく。何だか自分でも言ってる事がよく解らなくなってきた。ボンヤリとした世界でキャプテンは困った顔を浮かべてた。ごめんなさい。困らせるつもりなんかなかったの。でも、少しずつ蓄積されていく泥のような物が、胸焼けのように気持ちが悪くって、吐露せずにはいられなかった。
「……皆の王子さまはやだよぉ」
とうとう我慢できず、まるで小さな子供の様に声を上げながら泣いた。キャプテンは初めは困惑していたけど、優しく抱き締めてくれた。ポン、ポンと一定のリズムで背中を優しく叩いてくれる。その心地好さに、なんとか落ち着いてきた。
「ごめん」
「…私が言ってる意味解ってるんですか?」
「正直、良く解ってないと。けど、天馬が俺のせいで辛い思いをしていることは分かった」
ごめんな。もう一度謝ったキャプテンは叩いていた手を止め、身体を放そうとする。それがなんだか不安を呼んで、慌ててキャプテンの背中に手を回してしがみ付いた。
「は、離れないで下さいっ」
「あ、あぁ分かった」
再び背中に触れた温かな手に、安堵する。いつも待っててくれる優しさが好き。こちらに伸ばされる大きな手が好き。微かに香る爽やかな匂いが好き。
「…キャプテン、我が儘言っちゃってごめんなさい」
「…うん、でも」
嬉しかった。低い声が近くで響く。その声が本当に嬉しそうだから、また泣きそうになった。
知らないなら少しずつ知っていこう。長く長く時間を掛けて、一つずつ丁寧に貴方を知っていけば、きっとその中に私だけが知っている貴方があるはずだから。それ程素敵な事は、きっと他にない。
ずっと探すよ。貴方が王子さまでなくなるその日まで。
(そしてただの人になったその時は)
(貴方は私だけの王子さま)