稲GOss | ナノ




(天+信)



こっちだよ。程よく焼けた小麦色の手がヒラヒラと揺れて手招きする。廊下を埋めつくす人の波を泳ぐように進む友人の声が遠ざかっていく。待って。声をかけるが、騒めきに溶けて、もう天馬の姿はどこにも見当たらなかった。天馬、天馬。何度も名前を呼ぶ。けれど、聞こえてくるのは知らない声ばかり。年齢より随分と低い己の身長が恨めしい。


「…やだよぉ」


置いてかないで。一緒に行こうよ。伸ばした手を彷徨わせて、探し人を求めた。あちらこちらに忙しく動く視界が、揺れる。揺れる。酔っちゃいそう。この身長もあってか、もともと人に酔い易い。膨らむ不安感が更に煽る。慌てて口を両手で塞いだ。涙が滲んで、情けなさでいっぱいになった。天馬。もう一度名前を紡ぐと、あんなにも五月蝿かった周りの声が小さくなり、自分にかかる影が濃くなっている事に気付いた。


「信助」


顔を上げると、求めて止まなかった友人が目の前でこちらを覗き込んでいる。天馬。そうだよ。戻ってきてくれたの?うん。信助がいなかったからね。
僕よりも大きな手が目の前に伸ばされる。程よく焼けた小麦色の手。


「信助を置いてったりなんかするもんか」


青みのかかった灰色の大きな瞳が柔らかに細められる。
ありがとう。戻ってきてくれて。手を口元から外して、小麦色の手を握った。ヒラヒラと、今度は飛んでいかないようにしっかりと。


「一緒に連れていってね」


温かな手が、軽く握り返してくれる。
手を離さなければ、僕はずっと一緒にいれるから。
ずっと、僕は君の味方でいるよ。




(思い出した時で良いから)
(たまには振り返ってね)





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