稲GOss | ナノ




clap2



(三+天)


少し休まないか。三国先輩の提案で休憩が設けられた。休日である今日、グラウンドには俺と、自主練に付き合ってくれた先輩しかいない。時折本舎の裏側からボールの音と、掛け声が聞える。きっとテニス部だろう。ベンチに腰掛けて、「すぐ戻る」と言ってどこかへ行ってしまった先輩を待っていると、突然首筋に冷たい物が押し付けられた。


「うへぁっ!?」

「はは、すごい声だな」


慌てて振り返れば、後ろには先輩が立っていて、その手にはラムネが2本握られていた。


「ら、ムネ…?」


「ああ、駄菓子屋までひとっ走りしてきた」


裏門のすぐ傍にな、小さな駄菓子屋があるんだ。そう説明してくれた先輩にお礼を言って、一本を頂く。キュポンッと小気味良い音を立てて開けたラムネからは泡が溢れてきて、慌てて飲む。そんな俺の様子にまた先輩は笑って隣に腰掛けた。喉を炭酸が通って、気持ちが良い。


「…はぁ、おいしい」


「当たり前だ。俺の奢りなんだからな」


その言葉で気づく。俺は今、先輩をパシってしまったのだ。気づいた途端、体中がラムネとは違う意味で冷たくなった。慌てて謝ろうと先輩を見ると、先輩も察したのか「おっと」と突然俺の顔の前に手を掲げる。グローブを外した手はボロボロで、汗と少しのゴムの匂いがした。


「謝るなよ」


「ぇ、で、でも」


「その代わりに、今日俺から3本以上ボールを捕ること」


「えぇええっ!?」


思わず悲鳴を上げるが先輩は本気のようで、撤回を求めても取り合ってくれなかった。入部して、未だに先輩から一本も捕れたことのない俺にとって、それは非常に難関なものなのである。ガクリと肩を落とすと、先輩はまた笑った。三国先輩は良く笑う。練習の時も、試合の時も。それは誰に対しても優しく、逞しく笑う。例えるなら父のような、見守る笑顔。そんな笑顔が俺は好きだった。


「…先輩」


「なんだ?」


「先輩は、何で今日俺に付き合ってくれたんですか?」


「…迷惑だったか?」


とんでもない!!ブンブンと頭を振って否定すると、先輩は少し考えて、こちらに振り返った。


「天馬。俺はな、お前がサッカーをしているところを見るのが好きなんだ」


思ってもいない答えに、何も言えず黙っていれば、先輩は一気にラムネを飲み干し、瓶をベンチに置いた。


「お前のサッカーは見てて気持ちが良い。純粋で、真っ直ぐで、曇りがない。そんなお前のサッカーを見てるとな、俺は体中が疼いて仕方がなくなるんだ」


サッカーがしたくて堪らなくなるんだよ。
カランッと瓶の中のビー玉が鳴った。先輩の、自分のとは違う低い、良く通る声が俺の耳を震わす。何故だろう。なんだか、泣きたい気分だ。


「俺はな、お前とサッカーするのが楽しくって仕方ないんだ」


故郷のような、青い夏の空の日の事だった。結局その日、俺は先輩から一本も捕る事が出来なかった。でも、それでも先輩は最後まで笑っていて、俺の口にはずっとラムネの味が残っていた。




(青空と笑顔と)
(ラムネ味)





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