(名前変更)



蒸し暑さと蝉の鳴き声で目が醒めてしまった。朝ご飯も食べずに、制服に着替え支度をして家を出る。昨日で授業は一旦長期休暇に入ったのだが不登校者である私には夏休み初日から拷問と言っても過言ではない補習というペナルティーが課せられてしまった。出席しなければ留年…これは行かなければまずいでしょう!と言うわけで嫌々ながらも出てきた私は家の傍に停めてある自転車のカゴに教科書等を入れた鞄を投げ込んでいると、家の前を沖田総悟が自転車でスイーっと通っていくのが見えた。


「総悟ぉー」

「おう、不良女じゃねーかィ」


キキィ…と古びた自転車のブレーキ音が鳴り総悟が停車する。庭のブロック塀の上から顔だけ覗かせた私に「補習はどしたィ」と聞いてきたので「今行くとこ」と即答し、総悟が停まっているところまで移動してきた。沈黙が始まった時、私は無言で乗せてくれオーラを醸し出すとそれに勘付いたのかどうなのか冷めた目をした総悟は「そんじゃ」と片手をふらりと挙げて自転車に足を掛けた。


「待て待て待て!」

「なんでさァ」

「乗せてよ」

「は?なんでだよ」

「総悟も学校行くんでしょ?」

「そうだけど、」

「じゃ乗せてよ、はいレッツゴー!」



ぶつぶつ文句を言っている総悟を無視してカゴに鞄を乗せ、二台に跨がる。半ば強引に私が乗ったので仕方なく自転車を前進させ「お前重い」と言われ続けて学校まで行くことになった。が、前方から来る風が心地よくてあまりそんなのは気に障らなかった。


「早く降りろィ」


2度目にキキィと鳴ったのは学校の駐輪場のところで、到着してしまった事によりこれから死ぬほど勉強するとなるとまた気分が暗くなる。はぁぁ…と溜め息を漏らすと「オラ」と言われ鞄を投げ渡された。総悟も制服姿で鞄を乱暴に持っている事に気付き問うたのだが


「一緒にすんな、俺は委員会の集まりで学校に来たんでィ」


やはり嫌味混じりに返答される。なんでこんなに愛想が悪い少年なんだろうか沖田総悟という人間は。全く優しくないな、土方くんとは大違いだなーなんてまた溜め息が出る。


「てめェら二人乗りたァいい度胸だな」

「あっ土方くん」


校舎に入ろうとした時に誰か人の影が見えてそれは近付くにつれ、右腕に「風紀委員会」と称された腕章をつけている土方くんである事が分かった。仁王立ちして私達2人を見下している土方くんに一等先に抱き付いたのは他でもない私である。その3歩後ろのほうで「コイツが勝手に乗ってきたんでさァ」と言い訳をしたのは他でもない総悟であった。


「土方くん違うの、私は目の前に総悟の自転車しか無かったから仕方なく乗ったけど、もしそこに土方くんの自転車もあったら迷わず土方くんのほうに…ぐべらっ」

「んなこた聞いてねェよ、二人乗りは交通違反だって言ってんだ」


あそっかと納得すると、土方くんは自分の腰に巻き付いた私の腕を引き剥がして「さっさと補習に行け」と促してきた。今日も土方君のツンデレっぷりと言ったら素晴らしい鋭さです、なんて思いながら「つれないな〜」と言おうとすると私が言う前になんと総悟が薄く笑いながら土方君にその言葉を投げかけていた。


「つれないねェ土方さんも。折角なつかれてるんですから俺にコイツを寄せ付けねェで自分の女は自分で世話して下せェよ。」

「俺の女じゃねェってば」


何度も言われ続けて飽きた…というような疲れ切った表情をして言う土方くんに「ひどいよ〜」と言って一度入りかけた校舎から出てきた。土方くんと総悟は余程時間に余裕があるんだろうか、まだそのような話を昇降口でしていたのだ。


「いいからお前はさっさと補習に行け!」


なるべく気配を消して背後からジャンピング&だっこを試みようとしてみたが私の勇気は虚しくも、当の本人に勘付かれ、抱きついた瞬間に背負い投げ―…


「仕方ねェ、これも仕事のうちだ。今からお前を補習教室まで連れてってやらァ」


背負い投げを決め込まれ私の顔面は昇降口のコンクリートの地面にめり込む運命なのかと思った途端、私の身体はたった片手で担がれ、そのまま校舎の中へ移動するではないか。今置かれた状況がわかった時にはもう心臓がバクバクで爆発したんじゃないかというくらい私の意識は危なかった。だって愛しの土方君にやや乱雑ではあるものの、その逞しい腕で、それもたったの片腕で、先ほど二人乗りをしただけで総悟に「重たい」と言われた私の身体が軽々と担がれているのである。嗚呼なんたる幸せ。廊下や階段で時々すれ違った先生や生徒たちからは笑われたけど申し訳ないが今の私はとても幸せ者であります。


「大変ですよねィ、折角の夏休みってのに態々学校来てまでこういう不良生徒を監視するのも俺ら風紀委員の仕事だなんてめんどくせェ。だから俺ァ委員会なんか入りたくなかったんでィ」

「てめェは何もしてねェだろが」

「何言ってんでさァ、ほら名前がさっき落とした鞄を持ってあげてんのは俺ですぜ」

「ついでにこいつも持ってくれ」

「イヤでさァ、重たい。名前を担いだら俺がお陀仏だ」


こんな時間があるんなら俺は家でゲームでもしていたいですね、と補習の教室の前で総悟が廊下の向こう側を眺めながら言っていた。土方くんに下ろされて「逃げずにちゃんと受けろよ」と素気無いながらも最後に「いいな」と告げ私の頭を乱暴に撫でた。そういうところが好きですよー!と叫びたかったのだが向こうを向いていた総悟が「あ」と言ったことで私も土方くんもそちらの方向を向く。


「あ〜あ、名前達も運が悪いねィ」


あちゃー…と言ったわりにはあまりにも興味がなさそうに無表情で総悟が呟く。課題を出す量が他の教師よりも多い先生が廊下の向こう側からゆっくりとずっしりと歩いてくるのが見えた。どうやら運が悪いと総悟が言ったのは確かなようで、今回の補習担任はあの先生らしい。私は顔が青ざめる。「んじゃ頑張ってくださいねー」と珍しく標準語で言ったのは沖田総悟で、土方君と一緒に去っていってしまった。心細くなりながらも渋々教室へ入る。同じく不登校者の仲間である銀時の姿を探したけれども見当たらない。あんな銀色の髪なんて一際目立つはずなのでまず見落としたわけではない。「もしかして留年覚悟で!?」なんていう考えも浮かんだ。なんせ、ちゃらんぽらんの名で知られる人物であるから。


「私も留年でいいよ〜…」


机上に突っ伏せてそんな弱音を吐いた私は、大量の印刷物を抱えて入室してきた担当の教師を観ないように眼を伏せた。次に「よォ」と短い挨拶が聞こえて伏せた顔をあげると前の席に座っていたのは銀時だった。


「危なかったぜ。遅刻したら欠席とみなされその瞬間に留年確定だろ?うぜーよな。」

「遅かったから私が焦ってしまったじゃんかー」

「高杉も連れてきたんでな」


後ろのほうを見れば、いつもの不貞腐れた態度の高杉が席についていた。なんかあの高杉が来るなんて信じられなくてまじまじと見ていると、こちらに向けて「死ね」のサインである中指だけを立てるというアクションをとった。うっわムカつく。


「高杉来るの遅すぎだよ、ちょっとトイレ長かったんじゃない?」


私がぷぷぷっと含み笑いをしながら後方の奴へ声をかけるとすぐさま「死ね」とドスの利いた返事が高杉から返ってきた。そろそろ開始のチャイムが鳴る。ざわざわと騒がしくも生徒たちが着席する中、高杉は私に針のような睨みを利かせ、銀時はうちわで自分だけが冷風を浴びて涼しげにしている。これから数時間に及ぶ地獄のお勉強タイムが始まるのだが、最初の駐輪場にいた頃よりは「いやだな」と思う気持ちが薄まったのを感じた







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