(名前変更)




風鈴の奏でる音は実に涼しい。癒しを与えてくれるその小物が愛しい。そう思える季節になった。リンリンと風が吹いては鳴るその音を聞きながら床にゴロ寝するのがこんなにも幸せな事だったなんて、それを今気付いた私は馬鹿か、馬鹿だよな、馬鹿なんだろ、馬鹿なんだ。


「ふぃ〜、快適」

「名前、そういえば今日終業式だったんでしょ?」

「そうだけど?それが何か〜。」


お昼ご飯の後片付けを終えて居間に戻ってきた母さんが私に話しかけた。そうだ、今日は終業式。明日からは暫く長期休暇という名の楽園が待っている。そもそも私はその為に嫌な学校を我慢して通っているようなもの。というか半ば不登校だけど。今年の夏休みは高校最後の夏休み、並びに学生生活の最後の夏休みでもある、多分、大学行かないし。だからそんなある意味ラストサマーを悔いがないように思い残すことがないように常に100%を出しきることが私の目標。その為に学校をサボって体力を温存していた…と言ったら親に怒られるから口が裂けても言わない。


「通信簿は?」

「……どしゃ降りに見回れてグシャグシャに」

「冗談やめなさい、雨なんか降ってないから」

「ヤギに食べられ」

「いくら田舎でもヤギは一頭もいないわよ」

「自分で食べました」

「言い訳がなくなったからって、はちゃめちゃな事言わないの!」



結局家を飛び出てきた。どうせ私が直接渡さなくとも後で親が勝手に私のカバンを漁って通信簿なんか見つけ出すんでしょ。あんな「2」ばっかり並んだ紙切れをどうしてそんなに毎回見たいのか不思議だ。その親の思考?理解しかねますねホント。そしてまたどうせ「あんたは…ったく、いい加減真面目にしなさい!」って父さんにも母さんにも言われるハメになるんだ。そう言われる度に私は人間は数字じゃない!心だ!と言ってやりたくなるのも毎度の事である。


「あーどこ行こっかな」


家を出てきたもののどこへ行くか決めていなかった。今からアポ無しで坂田家へ行っても留守だったら無駄足だし、とりあえず近くの神社の境内、あそこは涼しいから休みがてら銀時に電話しよ。そう思い、山道の途中にある神社の赤い鳥居をくぐった。階段が何段かあり疲れるが山の木々が太陽からの直射日光を防いでくれるのでそれほど苦になら無い。


「よっこいしょ」


神社の境内に腰掛ける。バタバタと家から飛び出てくるときに台所に置いてあったスイカを一切れ鷲掴みにしてきた。それを食べながら携帯をポケットから取りだしアドレス帳を開こうとしたその時誰かの視線を感じて先ほど登ってきた階段をチラ見すると番傘を射した人が1人立っていた


「…誰?」


遠くてよく見えない。でも肌が白くて、ズボン履いてるけど女の子みたいに見えた。が、その子が段々近寄ってくるにつれ何だか背がデカいことに気付き、体格もしっかりしていることに気付き、その子が私と同じくらいの年の男だと気付いた。


「初めまして」


と。ずっと近寄ってくる間凝視したままだった私にまずその青年は笑顔で片手を差し出し握手を求めてきた。私は携帯を置き、食べかけのスイカを持った反対の手で握手を交わそうと手を出したがその青年は「違うヨ」と言った。


「え?」

「そのスイカ、頂戴?」

「え?あ…これ?」

「そう。頂戴?」


私の持っているスイカを見て頂戴と言った。食べ掛けだけど…と呟くと構わないようで美味しそうだからと答えたのでスイカをあげた。するとその青年はペロリと完食し「美味しかった」なんて言いながらニコリと幸せそうに笑った。なんなんだこの人、見たこと無い顔だな…なんて思っているとその青年はもう一度手を差し出したので「今度は何、あげられるものはもうないよ」と少々警戒した私が言う。けれどもその青年は「握手だよ」と言って私の手を握った。


「初めまして、スイカありがとう。」

「…いえ。」

「それで…、君は誰?」


いやお前が誰だよ!そう思った。先ほどに続く笑顔で「誰?」と聞かれたのでますます警戒心が強くなる。やべ、なんか逃げたくなってきた。この青年、マイペース過ぎてなんか私…逃げたくなってきた!


「知らない人には自分の名前は言うなってお母さんに言われてるんで」

「あ…そうだったね、俺は神威っていいます」


「神威」という名前、いつだったかどこかで聞いた覚えがあった、つい最近聞いたような感じがしたが、なかなか記憶力が乏しい私は残念ながら覚えておらず。


「私は名前」

「良い名前だネ〜」

「それ本当に思って言ってる?」

「こんな時ってそう言うべきかなって思って」

「変なの」

「変でしょ?」


妹にもよく言われるんだ、とか言いながら私の隣に腰掛けた神威くんはまだ傘をさしている。本当に変な人だ。あれ?っていうか…


「え、ちょっと…あのさ神威くん」

「なに?名前」

「種は?」

「え?タネって?」

「スイカ、スイカの種。出さないの?」


神威が食べたその場所にスイカの種が捨てられていなかった事を発見してしまった私はお互いの自己紹介などの前に思わず聞いてしまった。少し間が空いたあと「食べちゃった」とケラケラ笑った神威。


「スイカが美味しくて、一緒に飲み込んじゃったヨ」

「変なの」


と。また私は呟いた。終業式が終わり夏休みに差し掛かる初めの瞬間に出会ったのは、そんな変な人。







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