(名前変更)
なんだ。胸がムカムカするこの感じは。ああ動悸か。いやいや違う、苛立ちだ。高杉に対しての苛立ちだ。
「別にさ、私はさ、高杉に抱いてほしかったわけじゃないんだよ」
「ほぉ」
「ただムカつくのは、高杉ビジョンでは私は女だと見られてなかったって事だよ!」
学校の帰りに駄菓子屋に寄った。銀時と二人で長椅子に座り、かき氷を食べながら私はその怒りの根本から語り明かす。銀時はそれを曖昧な相槌を打ったり打たなかったりハナをほじったりしながらも聞いてくれていた。
「普通彼女を女だと見るじゃんか!普通!」
「まぁ普通はな」
「だってアイツぶっちゃけヤリ●ンじゃん!メスならなんだって抱くじゃん!」
「いや名前ちゃん?昼間っからそんな、はしたない言葉を騒ぐのはどうだろうか…」
「だってこの前見たし!メスのゴールデンレトリバーとイチャイチャしてたとこ私見たもん!」
「それイチャイチャじゃなくてただじゃれてるだけだから。ていうかお前犬に嫉妬してどうすんだ」
「妬いてなんかないよ!だから私はね、高杉にね、女だって見られてなかった事がね、元カノとしてのプライドをね、崩され…」
「はいはい、それさっき聞いた」
怒りが収まらず同じ愚痴を何度も溢す私を銀時は困りかね、最終的にそのように宥めた。「ほら、かき氷溶けてるぞ」と言われた頃には綺麗な青色のブルーハワイが上にかかった私のかき氷は「溶けてる」じゃなく「既に溶けた」状態だった。何もかも上手く行かない。私の人生なんて所詮そんな事が繰り返されてできているんだろどうせ…なんて今度は拗ね始めたその時、私の目の前にコトリ…と丁寧に置かれた新しい青いかき氷。見上げれば「お食べ」と優しく微笑むおばさん。このおばさんは店主のおっちゃんのお嫁さん、つまり夫婦でこの駄菓子屋を切り盛りしててたまに留守にするおっちゃんの店番を代理でやってたりする優しいおばさんだ。いつもは家の中で家事をしているので会うのはなかなかレアなのでそれが昔の吉原では花魁に会うのはレアだと言うことから由来してうちら地元の学生からは密かに「花魁おばさん」と呼ばれている。が、花魁って言われているからってそんなに綺麗なわけじゃなくただのレアな優しい優しいおばさん。
「ありがとう!花魁おばさん!」
「名前ちゃん、気が病んでるようだから一度ブルーハワイ食べて気持ちを真っ青にしなきゃね」
それから花魁おばさんはなかなかダジャレが上手だったりする。
「あれ?つか、おばさん。今日おっちゃんは?」
私がかき氷を黙々と食べている時、銀時が聞くと花魁おばさんは店先に並べてある売り物の駄菓子を補充しながら「ちょっと留守よー」と答えた
「またパチンコとか?」
「違うわよ?」
「じゃァなに?」
「私の親戚が夏休みに遊びにくるんだけど、その荷物運びの手伝い。」
「へぇ」
「うちは軽トラあるから荷物運びやすいでしょ?」
心なしかワクワクしている花魁おばさん。語尾が弾んでいるから今日は良いことがあったのかなとか思ってたけど、ああそうか、親戚が来るからか。銀時が頭の後ろに手を組みながら「こんなクソ田舎に来たがるなんてなー」と言った。それに対し私もうんうんと頷く。
「都会はコンクリートやら高層ビルやらで夏は灼熱地獄じゃない?だから田舎に来て今夏は涼んでくみたいだわ」
「暑いの苦手な奴なのか?そんな奴ならうちにもいるよな?万年傘さして」
銀時が私に聴いてきたので「神楽?」と答えると「うん」と一度頷いた。それで思い出した私が「そういえば今朝神楽がさぁ」と家に入ってきて私を学校へ連れ去った事を銀時に愚痴ろうとしたその時、
「ただいまヨ〜」
「あらお帰り、神楽ちゃん」
あ、そうだった忘れてた。ここの駄菓子屋、神楽の下宿してるとこだった。思い出した私は一度開いた口を閉じた。銀時が「お前、何言おうとしてたんだ?」としつこく聞いてきたが態と聞こえないフリをした。花魁おばさんと神楽は親子みたいに仲が良い。確か神楽も花魁おばさんの親戚の子供で高校3年間ここに住んでるんじゃなかったっけ。前にそんな事を神楽から聞いた覚えがあった。
「神楽ちゃん、今年の夏休みは去年より賑やかになりそうよ?」
「まじアルカ!?」
「久々に神威くんが来るの、さっきそう連絡があったわ」
ニコニコと話す花魁おばさん。今まで「賑やかになりそう」という単語でパァっと明るい表情をしていた神楽の顔が今「神威くん」と聞いた途端に暗くなった。銀時は欠伸をしながら携帯をいじり始める。てか、え?神威くんて誰?ホワット?フーイズカムイ?まぁ夏休みになれば分かるか。そう思い、今度は銀時が夢中になっている携帯ゲームに視線を移した私だが聴覚はまだあちらを向いていた。その聴覚が捉えた神経を集中させないと聞き取れないほど小さな神楽の呟き、
「来なくて…良いのに」
俯いて駄菓子屋から家へ上がっていく神楽に視線を戻した。神楽の白い肌、ピンクがかった髪、曇った表情に映える青い瞳が家の奥へと消えていってしまった。何かある。何かがある。そう思ったのは、あの時神楽のその呟きを唯一聞き取れた私だけだった。
夏休みが間近に迫る日中。
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