紅いニヒリスト
流血表現あります死ネタ注意
悪夢を見た。凄く凄く酷い夢を見た。
「…うぐァ!」
腹部に銃弾を受けて苦しみの声を上げながら私の腕の中に倒れ込んだ十四郎は顔や腕や足に、刀で斬られて負った切り傷が痛々しく刻まれ、その全ての傷口からドクドクと深紅の血が流れ出ている。十四郎の身体を支える私の手にも、どろりと紅い血が伝った。それを只々見つめ、奇麗だなんて見蕩れて居たら「嗚呼、なんて自分は幸せ者なんだ」と優越感に浸った程だ。
「十四郎…素敵だよ」
ニヒルな笑みを浮かべた私は握っていた彼の身体から流れ出た血がべっとりと張り付いた刀を地面に放り、辛そうにして居る十四郎の額に手を宛てた。全て、全て。彼の身体を此の私の手で傷付け、体内を何十周も何百周も循環して居る其の鮮血が見えるまで全て私がやった。今、彼が自らの手で抑えて居る腹部を銃で撃ったのも私。そして愛する恋人を傷付けたのにも関わらず、嬉しそうに幸福そうに、歓喜に満ちた表情をしているのも勿論私である。「好きよ、その顔」と言いながら十四郎の額にそっと口づけをした。その姿が愛しい、どんな姿よりも愛しい。副長として常に最前線に立ち隊士を引き連れる頼もしい十四郎の表情も好きだった。自分の事は後回しで私の事ばかり考えてくれる優しい十四郎の微笑みも好きだった。けれど其れらは「好きだった」と云う過去形に過ぎ無い。私は今、生から死に近付いて居る苦しんで居る土方十四郎が好き。流れる血液と一緒に地面へと体温が吸収されて行くその身体さえも愛おしく想う。「ぐはっ」と口から血を吐き出して次第に力を失くしていく彼に、私なりの精一杯愛情を込めた言葉を告げる。
「十四郎、…痛む?」
「痛かねェ、よ」
「真っ赤だよ凄く奇麗。」
「嗚呼…、そう、か」
「私の為に本当に死んでくれるんだね」
「満足、か?」
「此れ以上の幸せなんて無いくらい幸せ」
「そ…、か」
「十四郎は?」
「?」
「十四郎は…幸せ?」
「お、れは、―――…」
こんな冷酷な夢なんて人が見るもんじゃない。と、途中で恐ろしくなって飛び起きた。汗をじんわり掻いてしまって居る、ジメジメして気分が悪い。しっかりと夢から醒めた事を確認して頭をくしゃくしゃに掻き回した。私だって普通の人間だ。先程は偶然そう云う罰が悪い夢を見てしまったが歪んだ愛情なんて此れまでの人生の中で一度も注いだ事がない。そんな私がこんな歪曲した夢を見るなんて、今日はどうかして居る。恐い、自分が恐い。十四郎に逢いたい。ちゃんと逢って不安を打ち明けて、「大丈夫だ」って云って抱き締めて欲しい。安心を求めた私はまず起き上がろうとした。その時、腹部に衝撃的な痛みを感じる。まさかと思い見ると、
ドクドク、どくどく―――…
其処から止めどない量の血が流れて居た。気が付けば私は布団に居なかった。服装だって寝巻きでは無く隊服だった、私の体内を流れて居た血があちこちにべっとりとこびり付いた血塗れの隊服を私は身に纏って居た。此の隊服の黒に映える深紅の色は以前何処かで善く見た事があると薄れ行く意識の中で記憶を辿れば先程、夢で視たばかりではないか。私の腕の中で息を引き取ろうとする十四郎のあの隊服と、今私が着てる隊服が善く似て居る。神経が麻痺して居て気付かなかったが、私の身体は腹だけで無く腕からも足からも血が大量に流れて居た。顔だって切られたようにズキズキする。其れに此れは目覚めて一番先に気付くべきだったのか、否か…、ぐったりして力を失くした私を抱きかかえる様に受け止めて居るのは十四郎だった。弱って行く私を見て幸せそうに、けれども何処か冷たいそんな笑みを彼は私に向けて居る。
「名前、」
そうか。今やっと気付いた。あれは悪夢では無く幻想でも無ければ幻でも無い。此れは、現実なんだ。
「とう…し、ろ」
「名前…痛むか?」
「い、たい、よ」
「真っ赤だぜ、奇麗だ」
「そっ、か」
「俺の為に本当に死んでくれるんだな」
「満…足?」
「此の上なんてねェ位、幸せだ」
「そ…、っか」
「お前は?」
「え?」
「お前は幸せ、…なわけねェか。今から死ぬってのにな」
「わ、たし、は…」
紅いニヒリスト。
(先に逝って待っていろ)
(俺も今すぐに向かう。)
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20110424 02:17
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綾咲
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