漆黒時、蝶思ふ。
街が寝静まる真夜中。漆黒の空がずっとずっと上に広がる。とある娯楽所にて、ある女が一人部屋の窓からその夜空を見上げた。
「夜って、どう思いますか」
その女…名前が窓の縁に手を掛けて問い掛けると布団で来客…神威が云った
「好きでも嫌いでも無いよ」
「そう…。」
曖昧な返しに溜め息を一つ。そして息を吸うと女物の香水の香りが鼻から入ってくる。自分のでも神威のでもない。
ここは遊廓。来客を最善を尽くして持てなそうと建物内はこの匂いで密集している。慣れたといえば慣れた。この赤や金色や紫で彩られた派手な部屋も、この香りも、仕事も。それでも夜だけは何度見ても慣れられない、恐いのだ
「私は…夜が怖くてなりません」
すると小さく笑った神威が窓辺に移動し、名前の横に腰掛けた
「何言ってんの、あんたら地球人に『夜の蝶』って呼ばれてるんでしょ?」
「私達が存在価値を表せるのは夜。なのにどんどんあの暗闇に吸い込まれていきそうで、恐いです」
「じゃあ、いっそのこと自分から黒く染まっちゃえば?」
夜空から神威へと視界を移すと人差し指をたてて笑っていた
「なんてね」
そう言って名前から目線を逸らし暗い空を覗く
「俺は自分から黒く染まっちゃったタイプだから、もう誰にも染められないし俺が誰かを染めていくのみ。」
「………」
「だけどあんたは花魁。昼間がダメなら夜くらい華やかに舞わなきゃ、蝶なんだからネ」
もう一度名前を見て柔らかく笑った神威は、名前の背後に周り後ろから包むように抱き締めた
「夜も案外悪くないものと思うんだ。…ねぇ名前?」
「なんでしょうか?」
「もし暗闇に支配されそうになったら俺を呼びなよ?助けにきてあげるから」
「はい」
頷くとこめかみに優しくキスをして、その場を立ち上がった
「もう帰られるのですか?」
「あまり遅くなると阿伏兎が煩いんだ」
「そうですか、またのお越しをお待ちしております」
「あぁ、また来るよ」
紅く長い髪が揺れる。虎が描かれた襖が開く音がして神威が消えていった。先程までの背中の温もりまで消えそうで、途端に不安感に襲われ涙が出る
「貴方が風のように一瞬で去ってしまう夜が辛すぎて嫌いなの」
本音など、無論云える訳がない。彼女は誰にも染まらない、染まれない哀しき遊女なのだから。
end
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20101125 23:44
神威兄さん…! ←
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