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制服に着替えて朝食を摂りマンションの外へ出ると迎えの車が来ていた。ちゃんとした運転手さんが運転する車で良かったと安堵しながら車内に乗る。だって沖田さんが運転手だったら色々危険そうだし。

「お昼食、お忘れでさァ」

車が発車するかしないかの時、沖田さんがマンションのロビーから走って来るのが見えた。と思ってドアは閉めたまま、窓ガラスを下げて睨むと膝に手をついた沖田さんがそう言って私のお弁当箱を差し出していた。

「あぁ、まぁ、…ありがとう」
「いえ、…でも最上階から階段をかけ降りるのはいくら俺でもキツかったでさァ」
「エレベーターがあるじゃない」
「エレベーターを待っているより走った方が断然速いんで」
「あっそう」
「相変わらず冷たいんですねィ。執事が頑張ったっていうのに」
「ありがとうって言ったじゃん」
「まぁ、いいでさァ」

少し残念な表情をして沖田さんがそう言った。私は腕時計を見て遅刻しそうだと確信し運転手さんに出してくださいと指示する。運転手さんがハンドルを握った瞬間、「待って下せェ」と言ったのはまた私の執事くんで。

「今度は何?」
「学校に言って勉強以外の事を学んできたりしちゃァ、いけやせんからね?」
「勉強以外って何よ」
「恋愛…とか」

ぼそっと呟かれたのはその単語だった。「彼氏なんて作られてしまったら俺の出る幕が無くなるんでねィ」と続けた沖田さんが苦笑いしながら、私の頭をわしゃわしゃする。やめてよと言わんばかりに窓ガラスを閉めようとボタンを押せば、沖田さんはそれに挟まれそうになった手を引っ込めた。

「今度こそ出してください」

下を向いたまま、スカートをくしゃりと両手で掴んだ私が静かに言うと、ゆっくりと車が発進する。カーっと今さら顔が熱くなってきた。さっきは張本人の前だからどうにか我慢していたが心臓がバクバクする。どこぞの少女漫画でしか見たことがなかったけれど、やはりこれが所謂「きゅん」とか「萌え」とかなんだろうか。…え。は?てかなんで?誰に?沖田さんに?き…きゅん?意味わかんないから!

「運転手さん!やっぱり学校行く前に病院に寄ってくださーい!」

これは「きゅん」なんかじゃないよ絶対。なんらかの動悸ですよきっと、てか絶対。





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