3 眉目秀麗の好青年、沖田総悟さんを執事に雇う事になったその夜、事件は起きた。
「じゃ私はちょっと早いけど、」
そう言ってパジャマに既に着替えていた私は欠伸をしながら寝室へと向かう。時計の針はまだ9時。以前までならば海外の経済の動きを把握したり両親との談話にこの時間帯は費やしていたのだが、一人暮らし…いや執事はいるけども、一人暮らしとは案外、暇。と言うよりは、今日の荷物整理で疲れが溜まっている感じがする。凄く眠い。よし寝よう明日に備えて寝よう。明日何するか決めてないけどとりあえず眠いから寝よう。
「就寝でございやすか?」
私がリビングから出ていったのをそう言ってぴょこぴょことついてきた沖田さんに「おやすみ」と一言だけ告げ寝室へ入る。だが、するりと私について沖田さんも入ってきてしまった。
「え、何?」 「何がです?」
私が問うと沖田さんもきょとんとした表情で聞き返してくる。いや、何がです?じゃなくてなんでついてきてんの!ここからは寝室、私のプライベートルームですから!とは言えず「寝るので…」と初日だし控え目に語りかけるように言った。
「お嬢さんが眠りにつくまでが執事の勤めですぜ」 「いやいやでも寝るくらい大丈夫だよ、赤ん坊だって出来てるんだし、そんな心配されなくても」 「いやいやいくらセキュリティー頑丈なマンションでもいつなんどき命を狙われるかわかりやせん。ですから安心して眠りについてもらうためでさァ」 「いやいやいや」 「いやいやいや」 「いやいやい…、ん!?」
気づいた時には遅かった。両腕がいつの間にか縄のようなもので縛られている。はァ!?と沖田さんを見上げると先程とは別人のような黒いオーラを放っているではないか。それにキラースマイルではなくダークスマイルをこちらに向けて「さ、良い子はねんねのお時間でィ」と縄ごと私を引っ張りベッドに横たわらせた
「なっ何すんの!アンタ執事でしょーが!」 「ええ、わかってますが何か」 「わかってるなら立場わきまえなさいよ!」 「だからァ…これが俺のやり方ってもんです、よ」
語尾とほぼ同時に口に小さな瓶を詰め込まれ、その小瓶から甘い液体が口内に流れてきた。どこかで話を聞いたことはあるがこれは所謂「媚薬」ではないか!?甘いよ!なんかめっさ甘いよ!うまく抵抗できないまま首をつんつんと突かれて無意識のうちに口内の液体を飲み込んでしまった私は明日訴えてやると堅く誓った。チクショー両手が自由なら今すぐに警察呼んでるのに人生ってそう思い通りにいかないね。
沖田さんは私が液体を苦し紛れに飲み込んだのを確認するとニヤリと笑んでから小瓶を口から離した。「何する気なの!?」と喉を押さえながら口早に聴けば「何もする気はありやせん」と言うだけで、続いて「何が目的なの!?」と私がその言葉を吐いた時に急な眠気が襲ってきた。あの液体が媚薬ではないかという恐怖と、これから眠った後何をされるんだろうという恐怖、目の前で月光に照らされても真っ黒い笑みをしている沖田への憎悪、その他もろもろを胸に閉じ込めたまま私は意識が朦朧として…
「いい夢を見るんですぜィ、名前お嬢さん」
と、微かに聞こえたのを最後に長い長い闇夜へ落ちて行った。
< | >
top
|