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それにしても私ってこんなに物がないと生きていけない人間だったなんて…。屋敷からこの新しい部屋へ必要最低限の荷物が入った段ボールをお引っ越しセンターの人が運んでくれた。本当は運ぶだけでなく荷物の整理もやってくれるとお引っ越しセンターの人は申し出てくれたのだが私が自ら断った。やはり自分の事は自分でやるのが社会勉強の第一歩だと思ったからだ。それに、あまり信用していない人間には私用の荷物は触られたくないっていうのもある。どちらかというと後方の理由が7割を占めているといったところだろうか。とは言うものの私一人だけの荷物がこんなにあるとは自分でも吃驚だ。部屋に散乱したたくさんの段ボールを前にちょっと気が引けた、でも私がやらなければ他に誰がやるって言うんだい!意を決して作業に取り掛かろうと段ボールに手を掛けたその時、沖田さんが現れたのだ。「会いたかったでさァ」と至福そうな笑みを浮かべて私の手を両手で握りしめられることなんて今までの人生で一度もなかったので変に意識してしまいちょっとドキドキしながら二人で作業をしていた。黙々と続けた荷物の整理は予想より早い2時間程で終わり、片付いた部屋を見てテーブルで一息ついた。

「紅茶をお入れしやした、どうぞ」

コトリと置かれた一つのティーカップ。あ、これは私の5歳の誕生日にプレゼントとして母上がイタリアから取り寄せてくれたティーカップだ。大事な物だったから持ってくる途中で割られたくないと思ってわざと家に置いてきた筈なのだが…

「わざわざ持ってきてくれたの?」
「名前お嬢さんが幼少期から愛用されていたティーカップでしたので」

有り難うと微笑んだ私に沖田さんも照れ臭そうにはにかんだ。その時私は気付いてちょっと待てよと考える。

「愛用してた事どうして知ってるの?」
「私事になりますが俺ァ執事一族に産まれた身でしたのでガキの頃から執事の見学として親父についていってたんでさァ。何度かお嬢さんのお屋敷にもお邪魔させていただいたんです」
「そっそんな事があったんだね」
「覚えていらっしゃらないようで…まぁでも当然ですよねィ、お互いに小さな頃だったので」
「その…ごめんね、覚えてなくて…」

一瞬切ない顔をした沖田さんに小さく謝ると「いえ」とまたはにかんだ。なんだか凄く凄く紳士な人だと好印象を持っていた。―…その時は。
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