6 初めにも言ったが私は幼い頃から親に手塩に掛けて育てられた。それはもう手塩に掛けられすぎて、もうしょっぱいよ!と言いたくなるほど…あ、そっちの塩じゃないのね。いやそう言うギャグを言いたかったんじゃなくて。小さい頃より私は門限は厳守と躾られていたし、それも15時30分までという有り得ない早さだったので中学時代も放課後など知らない。最後の授業が終わると同時に送り迎えを担当する者に引っ張られ毎日帰っていた。だからそんな束縛ばかりされている私を奇妙に思い誰も近寄ってくる事がなくて男子となんて喋った事滅多にない。強いて言えば中学1年生の時に同級生の女みたいな男子が「苗字さんって送り迎えさんがいて良いね」と純粋な笑みで言われ、それに対して私は「良くないよ」と無表情で言ったのが記憶に残っている程度。兎に角友達も居ないし、恋人も勿論居ない、ましてや片想いも恐らくしたことは無いだろうと私自身そう思う。私はなんて青春時代を無駄に過ごしてきたんだろう。そりゃ全部が全部、無駄だったわけではない。春休みはフランスに、夏休みはハワイに、冬休みはロシアに、毎年両親は各国に連れていってくれた。その父上母上の気遣いは本当に嬉しかった。けれども、だ。今時の同年代の「リア充」とやらには疎い私でも恋愛はしてみたいと思ったりもする。少しは…思ったりもする。
「お帰りなさいませ、待ちくたびれやしたよ」
いや、この人がいる限り無理だよねそうだよね。玄関を開けた途端に飛び付いてくる彼の今のアクションはまるで飼い主の帰還を今か今かと待つ忠誠心の強い飼い犬とでも言ったところだろうか。「犬に生まれてきたら完璧だったんじゃない?」と苦笑いしながら彼から離れる。
「何を仰います、俺は名前お嬢さんの執事になるためにこの世に存在したんでさァ」
全く…。忠誠心は買うが、この人には自尊心は無いのだろうか。最も、執事という職業は自分の事は二の次三の次なんて言うけれどやはり私は慣れない。慣れないと言ってもまだ1日しか経っていないから無理もないか。
「今日のおやつはチョコレートシフォンケーキでございやす、アップルティーと一緒にお召し上がり下せェ」 「え、超美味しそう!食べていい?食べていいんだよね?」 「ええ、どうぞ召し上がれ、」 「やっふー!頂きまー…す?」 「サンプルですがねィ。」
ソレヲ早ク言エ。そう思った私は怒りに震えた手で一旦フォークを置く。一度温かいアップルティーを飲んで心を和ませようとティーカップを取ったがその中身もよく見れば個体のサンプルだった。なんのつもりなのさこれは!いたずらっ子のように笑みを見せた沖田をじっと見ると彼は首を傾げた。
「ん?」 「ん?じゃなくて、なにこれ」 「ですから先ほども申し上げた通りサンプルでさァ」 「本物はどこ」 「ありやすけど簡単に差し上げられませんね」 「どうしてだよバカー!」
再びフォークを握った私はソファーに座りながら足をばたつかせて騒ぎ立てる。なんなの?ドSなの?私の食べ物に餓えた苦痛の表情をそこまでして見たいわけ?
「働いたら食べられやすよ」 「働かざる者食うべからずってこと?」 「ええ、仰る通りです」 「どうしてたかがおやつに働かなきゃ…」 「いいんですぜ、1日限定10食の極上特性シフォンケーキが食べたくないなら。」 「食べます働きます!」 「よし、偉いですぜ、流石お嬢さん」 「なんか…対等な立場になってきているような…」 「いいえ、俺はあくまでお嬢さんの下僕でさァ」 「全然そう思ってないでしょ沖田くん」 「それにこれもある意味自立心を…」 「はいはいわかりましたよ!」
嫌々ながらも、あれだけ美味しそうなご馳走を見せられてしまえば味わわないと気がすまない。ま、ここで辞退して自分で取り寄せて食べてもいいんだけど、今回の課題である自立心を育てるためにはちょっと我慢も必要だよねって私はなんて律儀なお嬢様なのでしょう将来良い嫁になるわー私。
「で、何すればいいんですか!」 「じゃ、まずは始めに俺の靴を舐めて下せェ」 「ふざけんな」
ぼすっと先ほどまで私が座っていたソファーに深く腰かけた沖田が足を組み、そう言った。自分が執事の立場だということを完全に視界から除外している。調子に乗るな、と執事に向かって平手打ちをしている女がそこには居た。というかそれは私だった。
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