9 午前10時。先程執事の沖田が予告したとおり今から地獄の勉強時間が始まるわけで…。なんで休日まで勉強をしなければいけないのよまったく。椅子に座り溜め息を吐いているとドアを開けて入ってきた沖田は問題集を何冊も私の目の前に置いた。どさっとたくさん置かれた書物を見ていると
「時間厳守というのは守ったようですねィ、ポイントアップでさァ」
と眼鏡をかけた沖田が言う。それなんのポイントよ、と心の中で突っ込む。窓の外をちらりと見れば本日も快晴。こんなよく晴れた日にはお外を優雅に散歩したい、それなのに今日に限ってこんな…。
「なに余所見してんです?」
顎を掴まれ、ぐいっと真っ正面に視線が戻された。目の前に高く積まれた書物の正体はワーク…と言っても国語数学理科社会などではなく「マナー講座」とかかれたものだった。しかも下に小さく「上層階級編」なんて言葉も書かれている。
「ねぇ、ちょっと」 「なんです?名前お嬢様」 「こんなもの私にやらせる気?」 「ええ、何か異議でもあるんですかィ」 「私は昔から両親の支配下で厳しく育ったのよ。だからこんなものとっくの昔に躾られてるわ」
自信満々の表情で言い、問題集を沖田さんに返すと「しかし、お嬢さん、」ともう一度私の前にその問題集を置いた。
「名前お嬢様はこの一家を継がれる方、いわば家宝でさァ。その家宝であるお方がこれから許嫁の方に会われても恥のないように知識をお教えするのが俺の勤めですぜ」 「えー許嫁?」 「はい、お嬢さんもよくこんなお話を耳にされるでしょう?上層階級の家柄はずっとその地位を保つために同じような階級の人と婚約する、と。」 「でも…私はちゃんと恋愛して、好きになった人と結婚したいわ」 「それは、」
大体は知っていた。私の将来なんてそんなもんだということを。実際この間だって私の知り合いの上層階級のお姉さんも「許嫁」である20歳年上のおっさんと婚約したらしいし。そんな婚約したくないとは思っていたけど私にもその運命があるようだ。「それは」と言いかけた沖田さんはしばらく黙ったあとでこう続けた
「それはきっと、どなたもお思いになっていた事でしょうね」
沖田さんの顔から色が抜けたように、表情が凍った気がした。もしかしたら沖田さんも知人がそういう結婚をしていくのを何回も見てきたのかもしれない。執事一族といっても、私たちほどではないがやや階級はいい身分にある。執事一家の息子と執事一家の娘が婚約するということもケースとしてあるはずだから、きっと…
「やはり今日は辞めにしましょう」
そう言ってテーブルの上の書物を片付けていく沖田さんが作り笑顔で言った。わけのわからない勉強が中止になることは嬉しいが何故か腑に落ちない。掛けていた伊達眼鏡を外して胸ポケットにしまった沖田さんは静かに部屋をあとにした
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