8 「お目覚めの時間でさァ」
本日休日、午前8時。まだゆっくり寝ていたかったのにお節介執事くんに起こされた。寝ぼけ眼で「まだ寝ていたいのに」と呟くと「話があるんでさァ」とカーテンを開けた沖田さんは振り向き言った
「いいですかィ、よく聞いて下せェ」 「え、あ…はい、なんでしょう」 「俺は名前お嬢さんの執事でさァ」 「知ってますけど?」 「お世話係りでもありやすけど本業はこれでも執事なんでさァ。」
真剣な面持ちで語り出した沖田さんのジャケットには、胸の辺りにキラリと輝く小さな丸いバッチが付けられている。それは最高級の執事である事をその類の協会の厳正な審議によって認められた数少ない者にしか与えられない名誉あるバッチ。私はそれを見て、彼はやっぱりあの由緒正しい執事一族に生まれ育った人間なんだと心の中で頷いた。その時、
「なので今後は今までより一層、本業のほうを懸命に全うさせて頂こうと思いやすが、抗議…いや質問はございますか」 「昨日も一昨日も、沖田さんはちゃんと執事してたよ?」 「いえ、これまでは様子見でさァ。今日からが本番。」
ん?どういう事?と投げ掛ける間もなく、「それでは」という合図と共に沖田さんは胸ポケットから黒いメモ帳を取りだし、
「現在の時刻は8時10分。9時まで着替えや朝食を済ませ、10時からは勉学のお時間としまさァ。勿論これは俺が監修です。」 「え、何…ちょっと、待っ」 「それから12時に昼食をとり、14時からは美術学を学ぶ時間。そこから休憩を挟み17時からはマナーレッスンを兼ねた夕食です。大体こんなスケジュールですねィ、文句は有りやせんね?」 「いや大有りなんですけど!」 「ちなみに拒否権はありやせん。」 「なっ!!!」 「名家にお生まれのお嬢さんでしたらこんな日常が当たり前ですぜ?今までが楽だっただけで。」 「でもあまりにもハード過ぎるっていうか、」
しかし私の抗議は虚しくも、彼に届く前に周りの空気と一緒に溶けて消えてしまった。何故ならば、沖田さんの凍えるほど冷たい視線が私を突き刺したからだ。更に、気が付けば寝起きの私はベッドに押し倒され、腕の骨が折れそうなくらい押さえられている。普通ならば、男の人に押し倒されてこれからドキドキな展開が待ち受ける…とか期待できるんだろうけど今は殺されそうな気がしてならない。
「ハードスケジュールとは言っても、名前お嬢さんなら余裕ですよねィ?」 「うっ腕…離して、痛い…から」 「余裕ですよねって聞いてんだ」 「よ、余裕余裕!余裕だから!」
必死に叫んだ私の上で、黒い冷めた表情から一変してニンマリと笑顔に戻った沖田さんは私の腕を離し、私の上から退けた。ぎしぎしと握られていた腕が骨の髄から痛む。見ると微妙に内出血していた。オイどうしてくれんだドS執事、お父様にチクるぞゴルァ!…とは言えないけど。
「では只今8時20分ですので身支度、朝食は9時まで済ませて下せェ」 「…はい分かりました」 「着替え手伝ってあげやしょうか?」 「結構です!」
全力でそう言い、執事を追い出す。手伝おうかって言ってた時の彼の目は狼のように鋭い赤い目だった。そうですかィ、と退室していく沖田さんの背中に、せめてもの抵抗としてあっかんべーをする。その瞬間振り向いたので気づかれたと思い身構えると、にっこりと確かに笑った沖田さんは、確かなドス黒い笑みで、確かな低音ボイスで最後にこう言うのだった
「遅刻は厳禁。つまりお仕置きですぜィ、気を付けなァ」
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