幻か、否か。


「あークソ、飲み過ぎた」


そう言いながら真夜中、一本の電灯がぼんやりと照らす下でブランコに腰掛けながら唸っている銀髪の侍が独り。ま、それ俺だけど。昼間に行ったパチンコで勝ったから少し酒を引っ掛ける程度に飲もうとしたら知らぬ間に2件目3件目とハシゴ状態になっていた。そして先程まで居た4件目も深夜2時に閉店と言われ店を追い出される始末。はァ、こんな中途半端な時間に帰ったら神楽がどうせ起きてきて「ガタガタうるさいアル、それに酒クサッ!こっち来るなヨ」って絶対言うだろうし、ここで酔い醒ましがてら少し時間が経ってから帰宅することに決めた。それにしても飲み過ぎた。2件目が一番飲んだかな。いや4件目も結構飲んだな綺麗なネェちゃんに、じゃんじゃん頼まれて結果財布はすっからかん。オイ明日からの俺の生活どうしてくれんだよネェちゃんよォ勝手にガンガン高い酒ばっかり頼んでくれちゃってさコンチクショー。ま、綺麗だったから許すけど。



「あーそれにしても綺麗だったなァ、」


なんて言っても所詮酒を引っ掛けながら若干泥酔状態で頭に焼き付けた残像。そんなもの数分経った今、どんなに綺麗だったかとかどんな顔だったかなんて思い出せないのだ。


「あーあ、歳取ると記憶力も悪くなってしゃあねぇな」


それに独り言も増えた気がする。座っていて立ち上がるときに「よっこいしょ」と言ったり、ジャンプに向かって話しかけていたり、歳なんてとるもんじゃねーな、いっそピーターのパンになりたい。いや、それただのパンか。


「いいえ、まだお若いじゃないですか」

「は?…あ、」

「ごめんなさい、突然声をかけてしまって」

「いや、大丈夫っす」


急に話しかけてきたから幽霊かと思った。俺はそういう部類がホンット無理だから見ないで逃げようかとも思った。でもその話し掛けてきた奴の声が、似てたから。昔好きだった奴に声の高さから話し方まで全てそっくりだったから見てしまったんだ。するとそこにはニッコリと微笑んで「ここ良いですか」と空いている隣のブランコを指差して言う女が居た。綺麗だ、さっきのネェちゃんより綺麗なネェちゃんだと思った。そして心なしか昔好きだったアイツと重なって見えた。一瞬鳥肌が立ったのを隠すように首を縦にぶんぶんして頷くとその綺麗なネェちゃんは隣のブランコに座った。


「俺みたいな廃れた野郎ならまだしもアンタみたいな綺麗なネェちゃんがこんな夜中に何してんのさ、危ねェよ?」

「いえ、ちょっと気になって。最近あの人調子どうかな、元気でやってるかなって」

「?」

「元気でやってるようだったから安心してたとこなんです」



少し濁らせた言い方でよく分からない。濁らせたのはこれ以上聞くなという意味なのか、それとも…



「その、あの人ってのは好きな人とかか?」


俺の私的な事情で悪いけど普段なら照れ臭くてこんな色恋の話なんか虫酸が走るけど今なら酔っ払っててノリノリだ。こんなのレアだなと我ながらこの瞬間を心のアルバムに残しておきたいななんて思っていると、そのネェちゃんは「えーっと」と照れ笑いをしてそのあと凄く儚げな表情で呟いた



「好きだった人…かな」

「好きだった…?じゃ、今は好きじゃないって事か?」

「そうじゃなくて、もう好きになれないんです」

「なれない…?ああ、そうか。別れた彼氏に新しい女が出来ちゃったのか」



小指を立ててそう言ってやっと導き辿り着いた答えに俺は一人で納得していた。なまえは俯き、悲しく笑った。半分ウケ狙いで言った答えだったがまさかと思い「もしかして俺当てちゃった?」と聞くと「いいえ」と首を横に振った。「そうか」と安心し座り直したがまた考える。今のも間違いなら他に「好きになれない理由」なんてあるのだろうか、参考までに教えていただきたいものだ。



「もう何年も会えてなくて、昔は甘い物なんて私が作らないと項垂れてたくらいなのに今はちゃんとファミレスに行って自分で食べてるし。」

「俺と似てそいつも甘い物が好きなんだな」

「ええ。私が居なくてもちゃんと大切な家族ができてるみたいで。ちゃらんぽらんに見えてしっかりしてたんですよね、びっくりしちゃいました」

「安心した、のか?」

「はい」

「じゃあ泣かねェ方が正解なんじゃないのか?」


そう言って立ち上がり隣のブランコで泣いているネェちゃんの傍で背中を撫でてやった。気のせいなのか、季節のせいなのか、体温が感じ取れないほどネェちゃんの背中は冷たくて、オイオイ死んでんじゃねーか?って少し焦った。


「本当は私がついてあげたいんです、あの人は何も出来ないから。それか早く新しい女の人を見つけてほしいんです。幸せを掴んでほしいんです。」

「泣くな、泣くな」

「私は傍に居たいけどそれはもう不可能だからっ…、私の自意識過剰かもしれないけど彼は優しいから私の事を忘れられなくて新しい出逢いを求めないのかもしれない。だからいつまで経っても心配で、心配で…」

「相手に女が居ないならまだアンタにだってチャンスあるんじゃね?俺は細かい事わかんねーしアンタの事情もわかんない。でもアンタ、笑うと可愛いんだぜ?」



女の涙は無敵とかなんとか…誰かが言っていたのをどっかで小耳に挟んだ覚えがある、けど女の笑顔に勝るものなんて無いんじゃないか?「有り難う御座います」と言って涙を拭いながら微笑んだネェちゃんは本当に綺麗で可愛らしかった。だからネェちゃんに想われてたり心配されたりしてるその相手の男が少し羨ましいとも思った。でも逆に考えて、こんな美人に想いを寄せられている奴は俺みたいな野郎が相手にならないくらいの美男なんだろうなと、既に負けを認める形になるんだろうなと嘲笑した。


「こんな美人を泣かす奴なんて俺はこの手でぶん殴ってやりたいね」

「あらまあ。そんなにお世辞を言ってくれたって何も出ませんよ?」

「本心だってば。侍は、嘘は言わねェ」

「そうですか、元気が出ました有り難う御座います」


そう言うと一度深呼吸をしてネェちゃんがブランコから立ち上がり、俺にもう一度礼をした。嗚呼もうお別れか、楽しい時ってのは本当にすぐに過ぎ去ってくものなんだな。…せめて名前だけでも!



「こうして会話したのもなんかの縁って言うし名前教えてもらっていいか?」

「……、」

「無理にとは言わないけど」

「なまえ…です」

「なまえか…。」

「じゃあ私は、いきます」

「おう、アンタも色々大変だろうけど幸せになれよ」

「はい、銀時もね、お幸せに…」

「おお」



そう言って俺もなまえもお互いに反対方向へ歩いていく。少し歩いたところで春風が吹き道端に散った桜が宙に舞った。その時俺は、ふと立ち止まる。



「あれ…なんでアイツ、俺の名前知ってんだ?」



なまえにさっき出会って会話し始めてから今別れるまで一回でも俺は自分の名前を言わなかった。酔っていて名乗るのを忘れていたのだ。なのに…、


「まさかっ!!」



顔、声、仕草、笑い方に心当たりがあり振り返った。が、もうそこになまえの姿は無かった。嗚呼、そうだったのかとやっと酔いが覚めた俺はその場にへたりと腰を落とした。桜の花弁が風も吹いてないのにまだ散っている。それを眺めながら、なまえが亡くなったと戦場に居た頃の俺が風の噂で聞いたのも桜が儚く散るこの季節だった事を脳裏にうっすらと思い出す。辛くて辛くて墓場に行けば思い出して自分まで後を追ってしまうだろうとそれは多分アイツは望んではいないから、とずっとなまえが眠る墓場には近づかなかった。きっと俺はもう忘れているから…そう思ってなまえは今日俺の今の調子を伺いに会いに来てくれたんだろう。そう考えると先程なまえと俺の会話がどこか噛み合わなかったのも辻褄が合うわけだ。と、小さく笑い立ち上がるとまだ明けぬ薄暗い夜空に語り掛けるように話し出した



「今度は俺が逢いに行く。少し時間かかりそうだけどな…ま、気長に待っててくれや。次逢う時は何十年か後、あの世でな。」




やっぱり歳を取ると独り言が多くなる。それに普段見ないような幻が見えたりするから歳を取るってのは全く、滑稽だ。





幻か、否か。


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20110412 02:37

最近幻とかデジャブとか
ミステリアス系が多(ry

ヒロイン死んじゃってて
すみませんでした(深々)



綾咲





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