「突然だけども、坂田は今日でこの学校を去るそうだ」
文化祭の余韻がまだクラス中に残っている秋のある日、それは変態坂田くんらしくない唐突な別れ方だった。朝のホームルームの時間、私の隣の席で普段なら四季問わず暑苦しい程の視線を注ぐ趣味特技がセクハラの変態坂田くんが居ない事に気付き「どこにいったのだろう。もしかしたら珍しく遅刻かな、まさかの休みかな。ハッハッハッあの日文化祭で調子に乗りすぎたから風邪を引いたんだよバーカ!」なんて考えていた時に担任の先生がその冒頭の言葉を告げた。その「坂田」という名字、どこかで聞いた事がある…というか坂田ってあの坂田くん!?
「親御さんのご都合で転校することになったそうだ」
はっ…と思い、前を向くと黒板の前に坂田くんが居た。説明する先生の隣に立っている坂田くんはクラスメートの驚きにへらりと笑って返した、そして眉間に皺が寄りなんともいえない顔をした私にも。へらり、と。
「銀ちゃぁああああん!マジアルか!マジでいなくなっちゃうアルか!?」
先生が退室した教室内に神楽ちゃんの泣き声が混じった叫び声が響いた。クラス中の生徒達が坂田くんの周りに集まる。こうして一人一人が「元気でね」とか「忘れないでね」とか声をかける訳だがいつもなら各々行動しているこのクラスが誰かの席に一斉に集結するなどなんとも珍しく、そして滑稽である。私も坂田くんのすぐ隣の席なので自然とその集団の中に入ることになるが、気に食わなくて私は教室を出た。
『やっぱ、夢子はこの学校の制服が一番似合うなーと思って』
『急に何言ってるの坂田くん』
『俺も似合う?』
『うん』
『そっか』
『急にどうしたの?』
『うーんと、ね、』
『?』
『やっぱなんでもない』
あの日だ。あの日坂田くんは私にだけ言おうとしてくれたんだ、結局言ってくれなかったけど。あのいつもと違った空気、いつもと違ってどこか寂しい表情、いつもと違う坂田くん。ああ、どうして気付かなかったんだろう。でも仮にあの場で私が気付いていたからって状況がどうこうなる話じゃないか。
「どうして私は…」
嫌でもほぼ毎日坂田くんの近くに居た。セクハラばっかりしてくる変態で馬鹿な坂田くんの傍にいることになっていた。あやめちゃんにいつも羨ましいと思われる存在だった。それはこれからも同じだと思っていた、なのに。居たら疲れるし嫌だけど居なきゃ居ないで寂しい…なんてどこかの誰かが似たような状態の時に吐き捨てたのを聞いたことがあるけど私にはそんな言葉だけで済ませられる軽い感じではない。もっと重くてずっしりしてて胸に詰まるのだ。自分を責めたくなってどうしたらいいか解らなくて状況をどうにも出来そうになくて坂田くんはこのまま行ってしまう。今自分の顔がとても悲惨なことになっているなーと、しゃがみこんで顔を伏せた。階段の床がひんやりしてて酷く冷たい。
「夢子」
「……」
「夢子ってば」
「……」
「返事しねーとパンツ見ちゃうよ」
「追い掛けて来なくて良かったのに」
「いやァ、それはやっぱ好きな人だし追い掛けて来ちゃうよなー」
「どうせ自分から離れてくくせに」
「……」
本当はそんなことを言いたいんじゃないのに、口をついて出た言葉はこんな私のほうから突き放すことばかりで。職業病なんかじゃないけどいつも抱き付いてくるどっかの誰かさんに言っているように「10m以内に近寄らないで」と続けて言いそうになった
「…悪かったよ」
「なんであの時に途中で言うの止めたの?」
「それは…」
隣に座った坂田くんを見ると困ったように笑って私の頭を撫でた後、「夢子がそんな顔すると思ったから言えなかったんだよ」と言った。なんでそんな困った顔するの?一番困ってるのは私だよ。今まで散々私の中に存在を鬱陶しいほど焼き付けといて、それがポンッと簡単に居なくなってこれからはその穴をご自分で埋めながら生きていってくださいって言うの?だから坂田くんはセクハラ変態バカって言われるんだよ私に。
「ま、でもあの時言わずに今言っても…夢子のそんな顔見てしまうってのは結局同じなんだな…」
「当たり前でしょ馬鹿」
「泣くなよー頼むから泣かないでくれよォ。300円あげるかr」
「いらない」
食い気味で言うとズボンのポケットから手を出した坂田くんが手のひらに乗っている2枚の100円玉を見て苦笑いをした
「ははっ、100円足んねーな。いるって言われたらどうしようかって焦ったわ」
「そんな安いのは嫌」
「え…じ、じゃあ500円?1000円?もっとか?」
「お金じゃなくて…」
いっそ言ってしまおうか、と思った。私個人的にはまさか女子から告白する事になるなんて、しかも坂田くんに…セクハラ人間にこの私が告白するなんて!やっぱり今まで築いてきた私のプライドが廃るような気がしてならない、だから
「300円とかじゃなくて、責任をとってね」
「はい?」
「今まで散々私にセクハラしてきたんだから…だから責任をとっ」
顔が凄く熱い。夏でもないのに熱い。私が話している途中なのに、しかも抱き締められているのに、今は嫌な気がしない。いつもならパンチをお見舞いして回避している筈なのに不思議と今日は抵抗しようとする私の本能が働かないのだ。
「もう分かったから何も言わなくていいから。俺が、言う。」
抱き締められたままだけど、気が付けばこの場は校内の階段だった。人気がないからまだ誰にも見られていないのが幸い。
「夢子、好きだ」
「私も坂田くんが好き」
「これから少し離れるけど会いに行くからさ」
「待ってる」
「記念日は抱きに行くからさ」
「やっぱ来なくてもいい」
「記念日以外も抱きに」
「逃げるよ私」
「誕生日は可愛いパンツをプレゼントしてやる」
「全力で断る!」
「とか言ってー、実は履く気満々だろ?銀さん知ってんぞ」
「坂田くんは私の事間違って理解してる!」
「柔らか」
「どさくさに紛れてお腹触らないで」
「太もも触らしてよ」
「ここ学校だって分かってる?」
「なァ、チューしてい?」
「え、あ、それくらいなら…うん」
「よっしゃ」
セクハラをしてくる坂田くんはやっぱり変態で、会う度に「付き合ってから更にレベルが上がってしまった」そんな気がする。それでもなんか嫌いになれなくて、寧ろ好きだぞと愛情を受け入れてしまう私は坂田くんと同じくらい…いや、坂田くん以上の変態かもしれない。
「夢子、銀さんムラムラしてきた」
「10m以内に近寄らないで」
「ちょ!逃げないで!ムラムラしてないから全力疾走で逃げないでェエエ」
end
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20110403 fin.
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