「小南、少し付き合ってくれねぇか?」
久しぶりの非番の日、ソイツと話す事も久しぶりだったが、こんなに目線を上にしなければ目を合わす事も出来ない背の差に、オレはまだ女の体のままなんだと自覚させられる。
ヤツはいつもの涼しい顔で小さいオレを見下げ、オレの話に耳を傾けた。
「……あのよ」
「あなたが私に相談事とは、珍しいわね。準備は整ったから話すといい」
「な…なんで場所が、す…す…」
「スイートパライソ、略してスイパラ。アジトの中は何だから外へ出てみたのだけど、不満か?」
「……キャラちがくね?」
「せっかくの女同士、女の楽しみは経験しておくべきよ」
目が溶けそうな甘い色合いの店内、小娘どもの楽しげな会話、目の前に飾られた無数のケーキの数々。
男だったら間違いがなければ決して入る事のなかった場所に、オレは入っている。
どうにも落ち着かない空間だが、相談を頼んだ身でもあるし、何より女になってから何となくコイツには逆らい難い。それでも身近な女はコイツしか当てはまらなかったから、相談する相手は自ずと決まっちまう訳だ。
いかにも女子が好きそうな甘ったるそうなケーキに目もくれず、オレはテーブルに肘を着いて外を見ながら話を切り出した。
「まあこの際話が出来りゃどこだっていい、相談の事なんだが…」
「待って」
「あ?」
「肝心の飲み物を忘れていたわ」
「……」
「サソリは何がいいかしら」
「…水でいい」
「あら、相変わらず中身は35歳の男のままね。私と同じ物でいいわね」
一言多いし、この場所でその発言はやめてくれ。
体は女でも、中身は一切変わっちゃいないんだから、こんな所…元の姿だったら一秒だっていられねぇ。キャーキャー騒ぐ女どもの甲高い声、鬱陶しい…。
程なくして、小南が戻ってきた。
「ってケーキ増えてんじゃねぇか!?」
「飲み物を取りに行った際に、丁度限定のスイーツが出されたから。サソリの分もあるわよ」
「いやオレは別に…うう…」
陶器のカップに淹れられた湯気立つ紅茶と、新しいケーキ。見てるだけで胸焼け起こしそうだ…。
「さ、今度こそ整ったわ。相談って何かしら」
声がいつもより高けぇ、けっこう上機嫌だな。やっぱ小南もこれで女なんだな。本人には口が裂けても言えねぇが。
「ああ、何かっていうとデイダラの事なんだがな。アイツオレと違ってノーマルだろ、どんな女が好みなのか知りたくてよ…」
「それを私に相談か」
「野郎どもに訊いたってしょうがねぇし。女の目線でアイツがどんな女が好きなのか、訊いてみたくてな」
「あなたも意外と健気なのね」
「うるせぇ」
「そうね…彼は今19歳でこと恋愛に関してはとても敏感そうね。正直な事をいうと、自分に好意をもってくれた女性なら誰だっていいんじゃないかしら」
「今のオレ達の現状はそんな所だな…」
「そこから、デイダラを本気にさせたいと」
「そういう事だ。今だから出来る女の体を武器にしてな」
紅茶を一口含み、喉を潤す小南。カップをもつ細い指先がそこから離れ、人差し指が明後日の方向を指し示した。
「…?」
「案外この場所はうってつけだったのかもしれない、様々なタイプの女性達がわんさかいるもの。観察してみたらどうかしら」
「……」
ソファーの背もたれに体を預け、腕を組みながら忍の目で周囲を見渡してみる。
今時の若い女どもがケーキを頬張ったり、何がそんなに楽しいのかニコニコしながら仲間と会話をしている。どいつもこいつもアイツの好きそうなタイプに思えて、少し嫌気が差す。
すると、向かいの小南がオレに声を掛けてくる。オレとは逆の背もたれ側にいる人間を、それとなく指を指している。振り返って見てみると、流石のオレも目を見張った。
「なんだあの…乳が強調された服は…」
「あれは巷で噂の“童貞を殺す服”という物だ。上品で清潔感のある、それでいて体の曲線がひと目で分かる。ああいうのに男は弱いものよ」
「オレにあれを着ろと」
「参考程度よ、きっとデイダラも火が点くと思うわ」
「別の所に火が点きそうな予感満載なんだが」
「確かに。それでは駄目だったのよね」
それから小娘どもを端から端まで観察してみたが、明確な答えは導き出せなかった。そもそもオレは女子になりたい訳じゃない、例えこの体が元に戻らなかったとしても、ここにいる取ってつけた様な女にはなりたくはない。それでもアイツには、もっとオレを見ていて欲しい…。
どうしたもんかと、ため息をつき頭を抱える。
「もう本人に訊くしかなさそうね」
「それが出来たら苦労はしねぇ」
「意地っ張りね」
「悪いな、昔からだ」
「…サソリ、あなたケーキを全然口にしていないわ」
う…まあ流石にバレるか。
「オレこういうのはどうにも…」
「…その体になってから口にした事は」
「ないな。それどころか元は傀儡の体だったから、もう何十年も前になる」
「だったら、試しに食べてみなさい。お菓子とて食わず嫌いは勿体ないわ」
「ううー…」
小南に無理矢理フォークを持たされ、ひとつのケーキを目の前に持っていかれる。
甘い香りが鼻を掠めるケーキと暫く睨めっこ。だが不思議と今のオレの目には、このケーキが綺麗な物に映って見える。元のオレじゃきっと考えられない。女になって、考え方が少し変わったんだろうか。
真っ白なクリームに赤い苺が乗せられた、女子の心を擽る甘い食い物。無意識に小さくコクリと喉を鳴らしてから、フォークに乗せて一口、含む。
その瞬間、なんだか世界まで変わった様な気がした。
「んっ、うまいっ!」
思わずガタッとその場に立ち上がり、一身に周りの視線を受ける。だがその時のオレは、そんな物など見えていなかった。
「なんだこれっ!これうまいぞ、小南!」
フォークを握りしめて、思わず前のめりになる体。
ケーキの美味さを知った時のオレは、どんな顔をしていたんだろうか。
随分と驚いた様子の小南は、微かに笑みを零してオレを嗜める様に席へと着くよう促した。
「今の表情だな」
「…?なにがだ?」
「不覚にも私でさえ、可愛いと思ってしまった。今の表情をデイダラに見せてやるといい」
「不覚にも…は余計だ。そうだな、この美味さをデイダラにも分けてやろう。有り難く思えよ」
「ふ…」
スイパラを出て、箱詰めされたケーキを運びながら街中を小南と歩く。
ケーキを食べる姿を見せればいいというのが、小南から帰ってきた相談の回答だった。本当にそんなんでいいんだろうか。
「私は、意外にありのままのあなたを見せるのがいいのだと、今日見ていて思った。今は仲が悪い訳ではないのだろう。なら、今まで通りでいいんじゃないかしら」
「そうか、自分じゃピンと来ねぇが、今のままでいいならそれに越した事はねぇ。楽だしな」
「…慢心はいけないわ。好かれたいなら努力は忘れない事。ほら、さっきの可愛らしい服が売っている店があそこよ。買ってあげるから一着」
「スカートは嫌だ!絶対にいやだ!!」
その後、本当に童貞を殺す服とやらを買ったかは、想像に任せるぜ…。