夏を象徴する蝉の鳴き声を耳にうるさく入れながら、蒸し暑い空気を振り切る様にそこへと辿り着いたサソリとデイダラ。
中心街から少し離れた路地に建つそこはどこかノスタルジックで、人通りの少なさが二人の足を止めさせた。流石に初めて入る場所は緊張する。
デイダラはちらりとサソリの方を見てみると、暑さの所為か僅かに睫毛を伏して気分は良くなさそうだ。意を決してその熱く火照った手を取り、先陣を切って建物の中へと入る。
途端に涼やかな風、何とも言えない着物独特の匂いが鼻を掠めたと思うと、にこにこと目を細めた若い女性が二人を迎えた。


「あらあらあら、いらっしゃいませ〜」

「あ、えと、このクーポン持ってて、無料で浴衣が着られるらしいんすけど」

「あらっ、お客様運がよろしいですわね。こちらのクーポン券先着順なんですけれども、お客様方でちょうど定員でございます〜。ささ、こちらへどうぞ〜」


間延びした力の抜ける話し方の店員に連れられ、奥へと案内される二人。説明と簡単な書類記入を済ませ、お客様はこちら、お連れ様はあちらと別々の部屋をそれぞれの店員に誘導される。
部屋に入る直前、お互いの視線が絡む。どこか不安そうな目元をするサソリを元気づける様に、デイダラはにっこりと大きく笑った。



「お客様は髪がとても綺麗なので、このお色がとっても似合いますね、格好いいです」

「おおー、オイラ決まってんな、うん!」

「ちょっと髪を上げられた方が色気が出ますよ、こうやって…お団子にして」

「うんうん、じゃあそれお願いします」

「“彼女”さんも惚れ直しちゃいますね」

「お…アッハハ、そうかなぁー!」


うん…?彼女?どことなく違和感を覚えたデイダラだったが、着慣れない浴衣の雰囲気に飲まれ特に気にするでもなく、鏡の前でくるくると回りポーズを決めたりする。
すると、ほんの僅かだが聞き慣れた声を耳に届かせたデイダラ。その声は、余裕がなく嫌がっている様にも聞こえた。瞬時に不安を走らせた彼は勢いよく部屋を出て行き、向かいの愛しい人がいる部屋の扉へと手を掛ける。


「サソリの旦那、どうした!?」

「でっデイダラ?…っ見るな!」


そこには、数人の女性に囲まれ着替えている最中の姿のサソリが。しかし妙な事に、彼は女性用の浴衣を着させられている、そう女性用の。しばし固まるデイダラ。
サソリは、こんな自分の姿を見られたくないと、まだ着替え途中の垂れ下がった袖で恥ずかしそうに顔を隠していた。ドキリと心臓が高鳴る。


「あらあらあら、カップルなのですから片方のお客様が女性用になるのは分かっていたとは思いますが〜」


分かってなかった!オイラ達男同士がふつーになりすぎててカップルって言われてもそこに辿り着かなかった!
予想外な出来事に、デイダラは固まったまま立ち竦んでいる。その間サソリが店員に向かってこうなるんだったらやめると着かけの浴衣を脱ごうとする。と、間延びする店員が途端に目を光らせて、先ほどクーポンを持ってきて下さった別のお客様を断ってしまい示しがつかない、取り消しは出来ないとまた慣れた手つきで浴衣を着させていく。その態度は、まるで楽しんでいるかの様にも見て取れた。
この店員…侮れねぇ…!タイミングぴったりに二人は心の中で呟いた。


「彼氏さん、」

「あっ、お、オイラ?」

「“彼女”さんを最高に綺麗にしてみせますが、それでもお断りするのなら致し方ありません。お二人揃ってキャンセルされるのであれば、私からはもう何も申しませんが…いかがしましょう」


サソリ、店員達、サソリと交互に見る。
デイダラが下した答えは…。


「…サソリの旦那、最高の浴衣姿期待してるぜっ」

「この裏切り者がァ!」


親指を立てたポーズでデイダラはその部屋から去り、そこからはサソリの悲痛な叫びと店員達の良い素材見つけたわ〜張り切るわね〜という楽しげな声だけしか聞こえなかったという。



「このクソデイダラ、覚えてろよ。出店は全部お前が奢れ」

「うん、うん、いくらでも奢る。めっちゃくちゃ綺麗だ、旦那ァ!」

「お前も…まあ似合ってるぜ」


一方は、群青一色の浴衣に黒紅の帯を結い、緩く纏められた金の髪はいつもの子供っぽさを掻き消し、男ならではの色を増させる出で立ち。
一方は、その女性に引けを取らない美しい顔と赤い髪を際立たせる、菫色に雅やかな白の華柄の入った浴衣と上品な緋の帯。片側のみ可愛らしい髪飾りで纏め上げられた左右非対称の髪型は、可憐さと艶やかさを醸し出している。

向かい合う二人はどう見ようとも、男女の恋人同士。その関係故人の目を気にするばかりであったが、今日だけは許されている気分だった。


「お二方、とってもよくお似合いです〜。どうかお祭り、楽しんでおいでなさって下さいな〜」


一列に整然と並びお辞儀をする店員達を後ろに、二人はどちらからでもなく互いの手を絡ませながら、その場を後にした。





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