「おう、うめェーな可愛コちゃんが選んだこの店!水不足と同じで万年食料不足かと思いきや、ちゃんとした食材使ってるしよ」
「作物の豊かな近隣の小さい国と交渉して、食料も確保してるんだ。風影は交渉術も長けているが、相手への実益も忘れない。砂と和平を結ぶのは、悪い話じゃないと思うぞ」
「こんな時でも風影の仕事の手助けか、忠誠心が高いねェー。ヤツに稚児扱いされてたの嫌がってた癖に。……もしかしてマジでそんな関…」
水影がそこまで言うと、サソリは怒った様な渋い顔をして彼を見る。触れちゃいけねー所だったかと、一歩引きつつもその顔に笑みを消さなかった。
フーと鼻でため息をつくサソリ。すると、突然料理を箸に挟んで目の前に差し出してくる水影。目を丸くし固まっていると、水影は影らしからぬ要求を低音ボイスで告げてきた。
「はい、あーーん」
これは…試されているのか。これを断ったら、砂との和平は泡と消えてしまうのか?だけど、こんなガキじみた事…いや、コイツの性格なら無くはない行動。だけど…。
頭の中で悶々と自問自答を繰り返すサソリに、水影は早く口を開けろよォーと彼を急かす。そんな彼にペースを乱されつつ、これしきの事で成立するならと、サソリは小さな口を開かせ、目の前の料理に顔を近付ける。
しかし、その箸は寸前の所で引き、水影の口の中へと吸い込まれていった。
「無防備に口開けて、可愛い顔してたぜェー」
何だこの…既視感。もぐもぐ口内で咀嚼しながら言い放つヤツが、内心非常に腹立たしい。
今にでも一発そのふざけたツラに拳を入れてやりたい所だが、ここは堪え次の場所へと案内を続けるサソリであった。
「ここが、里内から里外まで幅広く情報を伝達する鳥達が飼育されている施設だ。動物もこの環境のお蔭で、体力もあり知識もある。種類によっては、霧隠れにも一日と掛からず飛べるぜ」
「ほえー、ウチじゃ見ねぇ珍しい鳥ばっかだなァ。おっ、丁度一匹帰還して来たな」
大きな翼を広げ空中を滑空しながら、止まり木へと器用に捕まる黒い鳥。サソリはその鳥へと近付き、腕を差し出したかと思うと、再び黒の羽根に覆われた翼を羽ばたかせその腕へと止まった。
「おお…」
「コイツはオブト丸、小さい時から見てきた鷹だ。動きは機敏だし、仕事もしっかりこなす。重要書類を届ける事も少なくないんだ」
「背に背負ってるショルダーん中に、その重要な書類ってのが入ってるのか?」
「ああ」
サソリはオブト丸を労りながら、ショルダーのボタンを外し中身の巻物を取り出す。仕事を終えたオブト丸は、サソリの元から離れ自分の小屋へと帰っていった。
巻物の紐を解き、内容を軽く確認する為目を下に落とす。その間、水影はそそくさと彼の背後に回り、巻物の中身を盗み見ようとしていた。
その気配に察すも、何故か隠そうとはしない。寧ろ見てみろと言わんばかりに、これみよがしに水影へ巻物を開いてみせた。
「ッカァー、暗号になってて全然読めねェ!」
「こういう書類には、砂隠れの古い隠語も使われてるから、他里のヤツは一年掛かっても解読出来ないと思うぞ」
「…分ぁーってるよ、マジで読もうとは思ってなかったって。ほんの軽いジョークだ」
「フ…どうだか」
「言うねェ、可愛コちゃん」
なかなか可愛コちゃんの事、段々と分かってきたぜと、水影はまた無邪気に笑みを浮かべた。
「よぉーし、粗方砂の事は知れたし、そろそろ最後の目的地を案内して貰おうか、可愛コちゃんよォ」
「…?オレが案内出来る場所はもう無いけど」
「いいや、最後のとっておきが残ってるだろ?」
「え…」
「可愛コちゃんの、おウチだ」