とある日の風の国、砂隠れの里。
風影の屋敷内では、慌ただしく皆が駆け回っていた。それもそのはず、今日は海を隔てた地平より向こうの国、水の国の霧隠れの里を治める長がこの地へと渡来する日であった。
忍界は現在、各所で小規模な争いはある物の、戦争に至るまでの大きな戦はなく、今は均衡を保った比較的平和な時期に入っている。しかし、ひと度刃を示せばそのバランスは容易に崩れてしまうであろう危うい天秤の上にいる事も、また事実。

今回の砂と霧の接触は、互いの腹を見る為の一時的な和平交渉。その結末は、両者の長の胸中が鍵となってくる。
恐らくどちらも、相手の寝首を掻こうという魂胆を少なからず持っているだろう。両里の忍は、どちらも緊張と警戒の表れを顔に出さずにはいられない。
そんな中、忍界の一部の未来を握る両影は、忍達とは正反対の“笑み”を浮かべていた。


「水影殿、本日は我が砂隠れの里にご足労頂き、誠にありがとうございます」

「まー堅苦しい挨拶はナシにしようや、こんな若い影が治める今の砂隠れってのもオレは興味があったからよ。でもやっぱ歳は関係ねぇな、屈強な人材が揃ってるコト」

「…日頃の厳しい鍛錬の賜物です。少し鋭すぎる威圧もご容赦頂きたい」

「いいって事よ、忍はそうでなくっちゃなァ」


切れ長の目元に弧を描かせニコリと笑う三代目風影と、口角を上げ不敵に笑う二代目水影。懐を入り込ませようとしてしかしそれを罠とも見せる互いに、周りの忍達は額に汗を浮かべ益々緊張を高める。
ここで立ち話は何だと、風影は水影を自分の屋敷の中へと案内する。こんな暑い砂漠の地、冷茶の一杯でも貰いたいねと水影は冗談っぽく呟いた。


「にしても、ここは渇きに渇き切ってるなァ。万年水不足って感じだ、うちの里とは大違いだぜ」

「そこは否定しませんよ、このストイックな環境こそ良い忍が育つと自負しています。ただ、生命の危険を感じる事も少なくないので、何とか改善の道を開きたい所ですが…」

「それで、オレんとこに和平を持ち込んだってのか。ま、考えといてやるよ、そっちの出方次第だけどな」

「是非、ご検討を」


振り返り際に見えるヤツの笑みと、背後を取られていても全く隙のないその背中。…伊達に風影やってねぇなと、水影は捉え所のない口元を更に上げた。

長い廊下を経て、応接間へと通された水影。小綺麗なソファにドカッと腰を下ろしたと同時に、今し方入って来た扉にノックの音が鳴る。それを合図に開かれた扉から、赤い髪の映える年端もいかない少年が盆に湯呑みを乗せながら入ってきた。


「丁度いいタイミングだな、サソリ」


サソリと呼ばれたその少年は、風影に何か言いたげな顔を軽く彼に向け、また視線を前に戻し水影に一言「どうぞ」と、茶の入った湯呑みを机に置く。
しかし、先程茶が欲しいと発した水影だったが、一向にその湯呑みに口をつけようとはせず、何故かサソリの方を見たまま固まって動かない。その視線に気付いたサソリは、水影を不審な目で見つめ返した。


「全ッ然渇いてねェじゃねーか砂隠れ!メチャクチャ潤ってんじゃねーか!!」

「は…?」

「こーんな可愛コちゃんがこの里に居たとはなァ、オレ一目で気に入っちまったぜ。風影よォ、交渉は後回しにして先に里の案内をして欲しいんだが…。勿論、この可愛コちゃんを案内役にしてな」

「な…」

「水影殿、砂隠れに来た目的は私との交渉だったはず。それに、いくら水影殿と言えど、我が里の案内はこちらの情報の漏洩にも成り得ます」

「和平関係結びてェんなら、先ず知る事だ。何も知らずにハイ友達になりましょうはねーだろ風影」

「…」

「オレの付き添い共も外すし、知られたくない事項に関しては、そっちが配慮してくれていいからよ。それよりも、案内するこの可愛コちゃんの意見を訊こうじゃねーか…」

「…っ!」


水影の鋭い眼光に一瞬怯み、サソリは無意識に風影の顔色を窺う。その表情は心配の念を隠せずにいるも、お前に意見を任せると眼で訴えていた。
大人以上に賢い頭をもつサソリ、風影の意図を汲みその首を短く縦に振った。


「…水影様さえよければ、オレが案内します」

「決まりだな。頭の良い部下を持ってるなー風影よォ、オレの里に欲しいくらいだぜ」


「…サソリ」

「…!」


ぽん、とサソリの小さな肩に手を置き、風影は本心を眼だけで語った。


「水影殿に、粗相のない様にな」

「…ああ」





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