サソリの旦那が記憶(オイラだけ)を失くしてから、幾日かが経った。
旦那はオイラの事を知らず、オイラは旦那の事を何でも知っているこの状況。
待つのも待たせるのも好きじゃない旦那の行動時間を完璧に把握、タイミングもばっちり。傀儡製造に必要な物が切れた時に買ってくる様頼まれる事も多々あった。勿論、先回りして言われる前にそれを差し出す。
長年付き合った芸術コンビ、旦那の行動を完全網羅しているオイラに隙はなかった…。
次々とスムーズな対応をするオイラに、あの初任務から続くべた褒めをする旦那。それが本当毎回気持ち良くて…。オイラは褒められる行為をどんどん率先して行い、同時に今までのオイラの印象を良い物へと自然に上書きしていった。
「お前は本当に気が利く、行動の早いヤツだなデイダラ」
「へへ…まあな!」
「だが、オレの事ちょっと知りすぎてねぇか…気味悪ぃ程に」
「え…あ」
「…まあ大方、オレの部下に質問責めでもしたんだろ。そんなに気に入られたいか、オレに」
「うーんと言うか…旦那に褒められたいっつーか」
「…見ていて裏はなさそうだが。何にしても、お前は今まで組んだ中で一番居心地がいいぜ、無理しない程度にやれよ」
ああもう信じらんねー…旦那がオイラの心配だぜ?記憶を失くした前じゃ有り得ない事だ…うん。
でも、オイラは一つだけ以前と同じ様な関係でありたいと思う事がある。
オイラとサソリの旦那は、コンビであると同時に想い合う同士だった。言わずもがな、旦那はその関係も忘れちまっている。記憶を失くして以来、キスの一つすら交わしていない。
そこだけ…ちょっと、不満に思っている。
だけど、今のサソリの旦那は、オイラをそういう対象で見ていないというか…まーあっちにとってはまだペーペーの若いガキだなんて思ってるんだろうな。だから、それを切り出すって事になかなかなれなくて。せっかく積み上げてきたオイラに対するイメージも一気に壊れそうだし…。
「そろそろ…キスしてぇなー…」
自分の唇を指でなぞり、愛し愛されていたあの頃を思い出す。旦那の記憶を戻す事も、いい加減念頭に置いておくか。
某日。何人かのメンバーが任務を終えて、アジトに身を置いていた時の事だ。サソリの旦那と他のメンバーの角都が何かを話している様子を、通りがかりに見かけた。珍しい組み合わせだな。
少し気になったから、ちょっと罪悪感は感じるけど聞き耳立ててみるか…。
「…角都にしては気前がいいな」
「お前がそこまで頼み込むからな、…まあオレも久方ぶりに通いたいと思っていた所だ。オレの気に入る廓でいいか?」
「構わないぜ」
え…なに、クルワ?それって確か…女を抱く為の場所、だったよな。何考えてんだよ、確かにずっと前男も女も関係ない…って、言ってたけどさ。オイラとそういう仲になってからは、他のヤツとの関わりをやめたって言って、オイラだけを、愛してくれていたのに。
記憶がないからだよな?オイラとの関係を忘れているから、他のヤツで紛らわすん…だよな?今のオイラをそういう目で見れないからじゃないよな!?
「サソリの旦那ッ!!」
「っ?何だよデイダラ、でけぇ声出して…」
「あ…っ…、その、廓って…」
「ああ、何だ聞いてたのか。お前も行くか?」
「そうじゃなくって!い…行かないで、欲しい…というか」
「はあ?…お前、女の香水やらの匂いが嫌いな類いのヤツか?次の任務に支障が出ない程度に、臭わねぇ様落としてやるから」
「……、そんなに、行きたいのか…」
やべー…、オイラ予想以上に傷ついてる…かも。心臓の奥が握られてるみたいに苦しくて、痛い。服の上からギュッと胸元を強く掴んで、平常心を保とうとする。
様子の可笑しいオイラに、一つため息をついて角都に詫びを入れてそこから出て行って貰う様頼むサソリの旦那。未だ表情の曇るオイラに、旦那は近付いてきた。
「お前にしては随分と駄々をこねるな。そんなにオレに、行って欲しくないのか?」
「…そう、だな。行って欲しくない」
「何でだ、ちゃんと理由を言わないと、オレの機嫌を損ねるぜ」
ああ…そうだ。こういう時の旦那ってスッゲー意地悪で、今心の中で思っている事が筒抜けてると錯覚するくらい、人の思考を見抜いてきて。それが分かっているはずなのに、敢えてそれを言わそうとする。
じゃあ、オイラの今の気持ち…分かってるのか。真っ直ぐにオイラを見る赤い瞳。濁りの見えないその色に惹かれる様に、オイラは自分の想いを旦那に伝えた。
「…好き、なんだ」
「…、」
「オイラ、サソリの旦那の事…前から」
暫く、静寂が辺りを包む。胸の内の鼓動は今までにない程の音を立てて、それは目の前の人にも聞こえちまいそうなくらいに。
オイラにとってはヘンな感じの告白。ずっと愛し合っていたはずの人への、二回目の告白。でも相手はそうじゃない、オイラを知らないサソリの旦那は、オイラをどう思う?
「……」
「……」
「その…デイダラ」
「うん…?」
「お前には、答えられない」
「お前は…オレのツーマンセルの相方としてしか、見られないんだ。オレはまだお前を知らないし、お前もオレを…知らねぇ」
「あ……」
「でもお前は、オレの相棒として充分な存在だ。それで満足…出来ねぇか?」
喉が焼け付く。頭ん中がぐちゃぐちゃで、訳が分からなくなる。目頭が熱い。
サソリの旦那、オイラの事を忘れちまったんだ。以前のオイラを。
芸術論で反発して、アジトをぶっ壊しては二人でリーダーや角都に怒られて。任務でオイラがドジしてそれを旦那が愚痴ったり、時に馬鹿にしたり。旦那を待たしてしょっちゅう怒鳴られて、でも最後は笑って許してくれて。
オイラを抱きしめて、キスして、沢山愛してくれた。一杯オイラに笑ってくれた。そんな記憶が、オイラの中にちゃんとある。
旦那の中にいるオイラは誰?オイラであってオイラじゃない。あんなの…オイラじゃないんだ!
「…デイダラ?」
「サソリの旦那、オイラと“初めて”会った時、言ったよな。オイラと旦那はずっと前からコンビを組んでいる、芸術コンビって名前の暁のメンバーだって」
「……」
「あれは本当なんだよ…ただ旦那は、その時の記憶を失くしてるんだよ。オイラの作った芸術作品の爆発受けちまって、それで旦那はオイラの事を忘れちまった」
「デイ…」
「自業自得だって思ってる…オイラが旦那の記憶を失くした張本人なのに、記憶が戻って欲しいなんて、都合の良い願望だ。だけど、オイラはただ…どんなに反りが合わなくて、ムカつく時だってあるけど、でも…サソリの旦那に思い出して欲しいんだ!オイラ…デイダラの事をッ!」
我を忘れて、サソリの旦那の小さな体に勢い良く抱きつく。旦那のマントに染みが幾つも滲んでしまっているけど、それも構わず今一度強く抱きしめる。サソリの旦那に思い出して欲しい一心で。
情けなく顔を歪ませて、出そうになる嗚咽を必死で我慢する。
やがて、漸く旦那の口から言葉が零れ出た。
「…デイダラ」
「思い出してくれ…サソリの旦那…」
「……っ、暑っ苦しいんだよさっさと離れねぇかこのマゲダラァ!!」
「うわあハイッ!!…ってあれ?マゲダラって…」
「ったくよ…なんか気が付いてみりゃお前が絞め殺さん勢いで抱いてやがるし…あ?何でテメェ泣いてんだよ」
「え…え?さ、サソリの旦那!おっオイラの誕生日は!?」
「あ?…5月5日だろ」
好きな食べ物は?おでんのばくだん。
嫌いな食べ物!混ぜご飯クソまずいんだろ?
オイラの芸術十八番は?C3かあの間抜け面粘土。
オイラの口癖と言えば!うんうんうるせぇ。
「オイラの決め台詞、芸術は………バクハ」
「芸術は、後々まで残る永遠の美しさだ。何度も言わせるな」
「ぃやったァァァサソリの旦那の記憶が元に戻ったーーーーー!!」
「何なんだよ一体…」
サソリの旦那は、今度は何故か記憶を忘れていた頃の記憶を忘れちまったらしい。何か旦那…危なっかしいな。心配したリーダーが、数日休暇をくれるぐらいだし。
ともかくオイラと旦那は綺麗に丸く納まり、長らくご無沙汰していたデートに出掛ける事となった!
もうオイラ今からワクワクで…!欲望を抑えつけてた後の解放感は、やっぱスゲーや…。
「にしても、ここ最近の出来事が何にも思い出せねぇな…点で全く」
「……はっ!?もしかして、あの時食らった起爆粘土で後遺症があるんだろうか…」
「は?何だよその話聞いてねぇぞ…そんな事があったのかよデイダラァ…。今日の出費、お前から出せ」
「何だソレ!?普通は年上の旦那が払うモンだろ!このケチオヤジ!」
「んだとテメェ…誰に向かって口利いてんだ!オレの完璧な体に爆発なんて下らねぇ物でキズモノにしやがった癖に…」
「ちょっと待てよ!爆発が下らねー!?そりゃ聞き捨てならねーなァ!爆発こそが真の芸術だコラァ!」
何はともあれ、オイラ達は元の関係に戻りました。
お騒がせしました。By デイダラ