「必要な物はこれだけね…」


抱える程度の紙袋がカサカサと音を立て、それと同時のタイミングで靴の足音がリズム良く鳴る。
いつもの暁の装束では目立つからなのか、それを脱いだ出掛け着で街中を歩くのは小南その人。自分の相方で組織のリーダーであるペインから頼まれ事をされるのは、そう珍しくない。だが彼女は、ぱしり感覚で自分を使われる事に良く思っていない様で。
私は神の遣いと言われても、そちらの意味ではないというのに…。
下らない洒落を、例え心の中であれ呟いてしまった己を戒めながら、いつもの無表情を更に険しくさせた。

すると、視界の端に何やら見慣れた影が映り込む。それに惹かれ視線を流すと、やはり見慣れた人物がそこにいた。
あの装束、なかなか目立つのね。そんな事をまた心の内側で思いながら、その人物に声を掛けた。


「どうした、サソリ」

「っ!?小南!何でこんな所に…」

「ペインからの用事でな。それより…その」

「……」


「可愛らしい小さな女の子は誰なの?」

「……………」

「パパ!」

「ッ!バッカコラ…!」


小南の無表情が凍りつく。6、7歳ぐらいだろうか、サソリの装束の裾をはしと掴み、子供ながらに険しい顔で、いつになく焦りを見せる彼を叱咤する様に見上げる幼き少女。
そしてその口から、とんでもない二文字を繰り出した。


「違っ…ち、違うぜ小南!オレはガキなんていねぇし、いきなりこのガキがオレの服掴んできやがっただけなんだよ!」

「……」

「う…疑ってるって目しやがって…いいか、オレはこういう面倒くさい事にならない様に、避妊には細心の注意を」

「分かってるわ、子供の前でそんなデリカシーのない発言をする時点で確定している」

「だろ?」


何の話をしているか見当がついていない模様の少女だが、自分を置いて会話をする二人に目くじらを立て、また裾を一層握り自分に注目する様唱えた。


「パパってばぁー!」

「うるせぇなこんガキ…いい加減に…」

「待って、やめなさい。お嬢ちゃん、お名前は何て言うの?」

「……ヒイラギ」

「そう、可愛い名前ね」

「あと、この子がノバラ!」

「!」


よく見ると、小さな女の子の背中にはもう一人、一際小さな子供がいた。
ヒイラギと名乗った少女が背を回すと、きょとんと大きな瞳を見開いた幼児がこちらを見つめてきた。
大人用のおんぶ紐を体に纏い、妹を背負う小さな姉。その姿は複雑な家庭の事情でも持っているのだろうか、サソリと小南は思わず押し黙ってしまった。


「こんなガキに、また更に小さいのを背負わせて…親は何やってんだ?」

「家族は色んな形をしている物よ…多分」


こそこそと少女に聞こえない様に話す両者。
一方の少女は、手際良くさらさらとおんぶ紐を解き始め、妹の抱き方をおんぶから抱っこへと変えたかと思うと、いきなりサソリにずいっと彼女を渡してきた。


「は…、おいっ!」

「パパなんだから、ノバラのお世話してあげて!」

「おいふざけんなよ…こんな小っこいの、小南っお前が…!」

「貴方がパパでしょ、責任を持ちなさい」

「テンメェ…なんかオレに恨みでもあるのかよ…」

「そんな物はないわ。良い経験よ、赤ん坊に触った事ないのでしょ?」

「ったく…勝手な事言いやがって」


眉間に皺を寄せ、苦い顔で己の懐に抱く赤ん坊を見下げるサソリ。じっと大きな黒目が泳ぎもせずこちらを見るその無意識なるプレッシャーに、思わず視線を背けたくなる。
しかし、その小さな生き物は、意外にもサソリに向けてニコニコと笑い出したのだ。まだ言葉も話せない、意味のない発声に混じって、か細い喉から甲高い笑い声が伝う。


「笑っているわね」

「……」

「赤ん坊をあやすのが上手いのね」

「いや、オレ何もやってねぇけど」

「わあ…」


信じられないという様に短い言葉を放った少女。その見上げる瞳は、驚きと感激の合わさった無垢な色を含んでいた。


「いつも知らない人に抱かせると嫌がるのに、こんなの初めて!ねえ、ノバラの本当のパパになってよ!」

「な、何だよそれ、寝ぼけた事言ってんじゃねぇよクソガキ!」

「ノバラにはパパがいないといけないの!パパになってなってなってぇー!」

「こらヒイラギ!知らない人を困らせちゃダメでしょ」


突然横から放たれた聞き慣れない声に、そこにいる人間全員が視線を重ねる。
見ると、少し線の細い女性が歩いてくる。小さな少女を叱咤する所を察するに、この子の母親と見て取れた。
ヒイラギの母親は、サソリ達の輪の中に入ると、いきなり腰の低い謝罪を何度も何度も繰り返してきた。


「すみませんうちの娘が…ご迷惑をおかけしまして」

「ったく…どういう教育して…」

「いえ、大丈夫ですよ。元気な娘さんですね」

「…オイコラ」

「もう少し大人になった方がいいわ、サソリ」

「そりゃどーもスイマセンね」

「ヒイラギ、お母さんが病院で診て貰っている時は、ノバラと大人しくしているって約束したよね?また知らない人にパパって言ったの?…どうしてお母さんとの約束守れないかな」

「…だって」


屈んで娘を諭す母親の姿。決して常日頃から子供を野放しにして、悪い躾を行っている様には見えないが。彼女の言葉からは、この家族に父親がいない事が窺える。
俯いて母の眼差しに圧倒される娘は、渋く顔を歪ませて、しかしどこか何かを言いたげな空気を醸し出していた。ぱくぱくと動く唇は声を発せず、途端に彼女の瞳が潤んでいく。
その揺れる瞳を見上げ、母親は一つ優しげなため息を吐き、もう一度娘の細い両腕をきゅっと握った。


「ヒイラギは、パパが欲しいの?」


小さな少女は一間を置いて、特徴的なポニーテールを大きく揺らし、ブンブンと首を横に振る。表情は未だに強張ったままだ。


「ノバラのため?それともお母さんのためかな?」

「……、…うん」

「…そっか、ありがとね。ヒイラギはノバラやお母さんのためを思ってパパを探してたのに、怒ったりしてごめんね。知ってるよ母さん、ヒイラギがとっても優しい子だって」

「…ぐすっ」

「でも、いきなり知らない人にパパって訊くのは、訊かれた人がビックリしちゃうから、もうこれでおしまいにしよ?ヒイラギはお姉ちゃんだから分かるもんね」

「分かる…お姉ちゃんだから」

「うん、ヒイラギえらい子!流石お母さんの子!」


母親はゆっくりと立ち上がり、穏やかな笑みで我が子の頭をくしゃくしゃと撫でる。
そして、再度サソリ達と向き合い、また平謝りを繰り返しながら、サソリの腕に抱かれたもう一人の我が子を抱き取る。
しかし、サソリから離れた赤ん坊はサソリの方に泣き顔を見せ、不満そうな声を上げてぐずり始めたのだ。


「あら…あらら?どうしたのよノバラ。お兄さんの事気に入ってたのかなー?」

「ほらやっぱり!ママこの人パパにしよーよ!」

「オイ…」

「フ…」

「この子は…さっき約束したばかりでしょう」

「今笑ったろ、小南」

「私が?まさか」

「すみません本当に…うちの子達がご迷惑ばかり。よっぽどお兄さんとこの居心地が良かったのね。ほら、お兄さんとお姉さんにバイバイねぇー」


ぐずる娘をあやしながら、一つ会釈をし、上の娘と手を繋いで帰路に就く家族。
残されたサソリと小南の二人は、嵐の様に過ぎ去っていったその背中を見つめる。感じ慣れない独特の雰囲気から解放され、サソリは盛大にため息をついた。


「はあー…何だったんだあの家族。結局内輪に巻き込まれただけかよ…」

「そう?貴重な体験が出来たと思うが」

「別に要らねぇ体験だったな。…にしてもだ、あの赤ん坊ちょっとヘンだぜ?」

「どうして?」

「オレ、今思いっきり傀儡の体だ。こんな体温も何もない体の、どこに懐いたんだか」

「…赤ん坊が感じ取るのは、何も体温じゃないと思うわ」

「…何が言いたい」

「あの子に人間扱いをされたわね、サソリ」

「……!」


小南の言葉が癪に障ったサソリ。そっぽを向きながら短く舌打ちを零す。
人間扱いは嬉しくないかと問うと、オレは相当捻くれてるからな…言葉も知らねぇガキ如きにされちゃたまったもんじゃないなと、空虚な声で言い放った。


「でも…これは飽くまで憶測に過ぎない」

「あ?」

「私は、家族や子供という物を知らない。正式な形でそれを経験した事はない。だから、あの言葉の後に多分と付け足して頂戴」

「……」


山吹色の瞳に見え隠れした僅かな悲しみの淀みに気が付いたサソリは、彼にしては珍しく少し頭を巡らせ、気の利いた言葉の一つでもかけてやろうと口を開く。


「まあーでも、家族を作れない状況な訳じゃねぇだろ。お前にはリーダーもいる事だし」

「彼は完全なる者にして神なのよ。恋愛感情なんて無きに等しいわ」

「固ってぇ女だな…そんなんじゃリーダーが可哀想だぜ?」

「貴方はペインを感情的に見すぎよ」

「あんな必死な姿見りゃ感情的にもなるって。なあ、本当にそういう関係は完璧に無いって事はないんだろ?」

「貴方にしては下品な質問ね。それなら、貴方の恋愛遍歴を聞かせてくれたら、答えてあげてもいいわ」

「ああ、何でもかんでも話してやるぜ。情報を手に入れる手段は選ばねぇからな、クク…人の弱みを握れるなら安いもんだ」

「本当に…貴方に子供がいなくてよかったわ」


いつの間にか歩みが進められ、珍しい二人での会話が続く。
白昼に見せられた自分達とは相反する光景に、何らかの心情が芽生えた事は…何かを芽生えさせていった事は、彼ら自身で気付く事はないだろう。

彼らが、今日触れた物を自らの手で形にするまでは。





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