「なあ、人の中って温かいのか?」


唐突に投げ掛けられた問いに、口をつけようとしたカップを寸前で止め、はたと目の前の人物を見やる。
くすんだ白のテーブルに肘を着いて、どこかいい加減でどこか真剣な眼差しを、問い掛けた人物サソリは目の前の人間に向けた。


「あら…それって、淫らな行為の事を言っているのかしら」

「ちげーよ、人体解剖の話をしてるんだ」

「ああそう。そうね…ついさっきまで生きていたヤツを活きのいいまま探ると、温かいわよそりゃ」

「ほー…」


そう聞くと、どうでも良さげに視線を外しテーブルの角をそれとなく見つめた。物を一切置いてないテーブルの面を爪でカリカリ音を立たせる。
サソリと反対に目の前に食事の並ぶ大蛇丸は、スプーンで少量のスープを掬い、静かに口へと運ぶ。それを喉へと通し、また会話を続けた。


「どうしてそんな事訊くのサソリ。フフ…生身の体が恋しくなったのかしら」

「誰が。ただちょっと……気になっただけだ」

「間が意味深ねぇー」

「うっせぇな…」


「熱を持たない体…貴方も随分つまらない体を選んだ物ね」

「不老不死の体を求める割には、感覚のない体っつーのは選択肢にないんだな、お前は」

「人間の悦楽を忘れてまで、それを求めちゃいないわ、それこそ人生の四割をつまらなくさせる。その点でサソリは、まだまだ尻の青いガキね…」

「ちぃ…オレから言わせれば、汚れに塗れた大人の方便だな」

「フフフ…」


サソリの皮肉じみた発言に、口元を緩めて笑いを零す大蛇丸。長い黒髪を耳に掛ける仕草をすると、きらりと大きなピアスが光に反射した。
目の前に座る小さな彼。その外見と誤差がありながらも、大蛇丸から言わせれば年若い人間に変わりはない。不服そうな顔を続ける彼を、ついからかいたくなってしまう。


「サソリは、その体になってから恋愛事は経験してないの?」

「…まあ、ほぼゼロだな…」

「セックスはおろか口づけも交わしてないのね、綺麗な唇をしてるのに勿体ないわ」

「オレ知ってるぜ」

「…?」

「お前、目当ての相手とキスした時、ソイツの体内に蛇を数匹入れてるだろ」

「あら、バレてたのね。蛇を入れる事で私に服従させるのよ…、私は我欲が深いから、欲しい物はどんな手を使っても頂くわ」

「恐ろしいなお前…絶対されたくねぇ」

「サソリも似た様な事出来るじゃない」

「あ?」

「自分の唇にお得意の毒を塗るのよ、毒じゃ死なないでしょ、その体。殺したい相手に迫って、キスまで持っていくの。正に服上死、片方だけだけど。ロマンチックねぇ…」

「…返す言葉もねぇよ」


無邪気に目を細める大蛇丸に、サソリは呆れて頬杖を着きながら明後日の方向を見る。
常に眠たげで、億劫そうな目元。だが、瞼の縁から伸びる睫毛は美しく映え、その奥のルビーの様な赤い瞳は、時を忘れる程に見惚れてしまう。
人形を思わせる綺麗な顔に退屈の情を浮かべるサソリに向け、彼はまた口を開いた。


「…サソリ」

「何だよ」

「この先、誰かを愛するっていう情景は、貴方の中にあるのかしら」


伏した睫毛をぴくりとも動かさず、サソリは沈黙を通す。しかし、その向こうの赤色の眼がほんの僅かに揺らぎ、そして暗い霧を纏った様に濁らせたのを、大蛇丸は瞬時に気が付いてしまった。
独特の空気を漂わせる彼に、訊いてはいけない事情と思うもそこに詫びなど入れず、只々その唇が動きを見せるのをひたすらに待つ。


「……、そんなの、その時になってみなきゃ分かんねぇよ」

「フフ、サソリにしてはらしくない答えね」

「お前の質問の仕方が悪い」

「あら、私の所為なの」

「ああ」

「私は…多分、現れると思うわよ。貴方に相応しいパートナーが…いずれ」

「は…?」


食事を終えて、食器を乗せた盆を持ちながら席を外す大蛇丸。
振り返りサソリを見下ろしたその眼は、正に獲物を逃しはしない蛇の如く、未だ用意もされていない的をさも射たかの様に、それはそれは自信ありげな鋭い眼差しであった。
彼の意味深長な発言と過剰な自信に、勿論疑問を持たずにはいられなく。

しかし、その数年後。大蛇丸は相方のサソリにさえ一言も無しに、裏切りはご法度であるはずの暁を抜けた。
組織内で彼の粛清を企てる中、サソリはあの言葉を思い出していた。
アイツ…あの時から抜ける事を考えていたんだろうか。
外道魔像の左の小指の位置が空虚となった今、その真偽を確かめる事は出来ない。暫し単独での行動を余儀なくされるサソリだが、更に時の経つ頃、大蛇丸の告げたあの言葉が現実の物となろうとしていた。


「サソリ、漸くお前の新しい相方が見つかりそうだ。イタチと鬼鮫の二人と共に、彼の地へ赴け」

「やっとか、今回こそ大蛇丸クラスにタフなヤツだといいんだけどな」

「噂に聞くと、お前と同じ芸術家を名乗る人物だ」

「はあ…?…クク、面白いじゃねぇか。ソイツのお手並み、拝見と行こうか」


彼の言葉が脳裏をよぎる。
今度こそ、不透明な確信をその胸に抱いて。





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