しとしとと雨の降る地。曇天が暗い森をより鬱蒼と見せる。
大きな樹に向かい合う形で雨宿りをする一人の人間。この天気がその長く伸びた黒髪を一層艶やかに魅せた。

その背後に忍び寄るは、暗に紛れる獣が一匹。鋭い牙を鈍く光らせ、今にもその無防備な背中を襲おうとしている。
獣が飛びかかる、しかし背中はぴくりとも動かない。その牙が貫いてしまう寸前の所で、獣は鈍い音を立て遠く吹き飛ばされていった。


「お怪我はないですか、イタチさん」

「…」


大樹に顔を向けたまま小さく頷く。イタチと呼ばれたどこか憂いのある瞳をする女性。その麗しい人の傍に着くのは、身の丈相応の大刀を軽々と扱う青い肌が特徴的な女性…干柿鬼鮫だ。
鬼鮫はその大刀を背に戻し、イタチの肩に優しく手を置いた。


「さあ、こんな所にいては体に障ります。先程良い雨宿り場を見つけましたから、そこへ行きましょう」

「……」

「…、また、弟さんの事を考えていらしてたんですか?」

「…雨の日は、いつも…」


イタチのか細い声は、鬼鮫の耳にしっかりと聞こえていた。
自分と比べると随分と小さなその体が考えているのは、いつも自分の肉親で己は二の次。本当なら、その呪縛から解き放って差し上げたい。でもそれは出来ない、…イタチさんの為にも。


「目の調子はどうですか?」

「今は大丈夫、今日はいつもより調子が良い」

「それはよかった」


勝ち気だが優しさの滲む笑顔をふっと零す。それでも笑い返さず無表情を通すその人。
いつか…貴女が心から笑える日を待ちわびています。出来るのなら、この私が取り戻してあげたい…。その望みは胸の内に仕舞っておきましょう。


「…さあ、また獣に襲われても厄介です。行きましょう…イタチさん」

「……ああ」


小さな背中と大きな背中は、雨と闇の混じる森の中へと静かに消えていった。





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