ひらりと桜の花びらが風にのるとそれは別れのしるし

いつの間にか、喜多海は春になるとふらりと何処かに行ってしまう。冬には帰ってくるが、学校はどうしているのだろうとか、いつも何処へ旅をしているのだろうかとか心配してしまう。濛々と頭に不安ばかり募ってしまい、勉強にも部活にも集中出来なかった。

今までは喜多海がいなくなっても大して気になどしなかった。気になり出したのはある冬の日の部活帰りで、その日は風が吹いていていつも以上に寒かった時。帰る方向が同じである喜多海と雪の積もった道を歩きながら疲れたなとか寒いなとか、他愛のない話をしたていた。すると突然、一風冷たい風がオレと喜多海の頬打ち付けて思わず目をつぶるほど冷たくてつい喜多海の後ろに回り込んだ。喜多海に苦笑しながらちゃんと前を歩きなよって言われて渋りながらオレは喜多海と列を並んだ。けれど冷たい風が止むことなくその日偶然にもマフラーを忘れたオレは喜多海の長いマフラーの先を自分の首に巻き付けた。喜多海より少し背が低いオレは喜多海のマフラーが丁度よく巻ける。首を一周するくらいの長さでもしていないよりマシだ。すると必然的に身体は近くなって喜多海の体温が身体に伝わる。喜多海の着たコートがモコモコしてしている為でもある。オレはなるべく寒くないように喜多海にぴたりとくっついた。

「あったかいべ〜」

毛皮に似た喜多海のコートとオレのツルツルした薄いジャケットがワンテンポずらして擦れる音がする。段々とその音が合ってきた時は喜多海が歩幅を合わせた時だった。そのまま少し歩くと突然、喜多海がオレの手を握ってきた。それはあまりに冷たい手でオレはぶるりと背中が震える。けれど喜多海の手は段々とあったかくなって、ほかほかしてきた。その日は特に冷え込んでいたし、喜多海も寒かったのだろうと思って、オレはなにも言わなかった。
けれど、徐々にこの行為がなんなのか疑問に思った。普段はあまり手を繋ごうとしない喜多海はどんなに寒くても人と手を繋いだりしない。だが、今日は違って自ら手を出した。それがどういう事なのか、この時点では気付けなかった。しばらく歩けば別れ道になり、じゃあまたなとオレは空いた手でマフラーを外して、喜多海の手を離そうとした。それはスムーズに終わる行為だと思ったがそうではなかった。離そうとした瞬間、ぐっと喜多海の手に力が入った。既に帰り道に向いていたオレはつまずき、後ろを振り向く。その手はまだ喜多海の体温が伝わっていた。

「なんかあったべか?」

人通りの少ないこの道でオレは体ごと喜多海に向け、鬱蒼とした目を見た。何かあったというわけでもなく、体調が悪そうでもない。ならどうしたのか。次第にオレは喜多海が手を離さないことに変な違和感を感じて軽く腕を振ってみた。

「離して欲しいべ」

それでも喜多海は離さなかった。まるで止まった人形のように。本当にどうしたのかと、オレは喜多海に握られたままの手に触れようとすると、素早く一瞬で喜多海の体が動いた。
全身で喜多海の体温を感じる。初めは何をされたのか全くわからなかったが今、それをようやく理解出来た。

「なにやってるべさ!喜多海!」

喜多海のコートのボタンがすぐ目の前にあって、片手が自分の背中にまわされていた。相変わらず片手はオレの手を握っていて、もう片手は喜多海の体とオレの体の間に挟まれている。これだと喜多海の体を押すこともできず、ただ肩を左右に動かして抵抗するだけだった。体格はさほど変わらないのに力の差をつけられているようで怖く感じる。こんなこと、今までにあっただろうか。喜多海の顔がいつも以上に近くて、どう反応していいのか戸惑いを隠せない。そんなに今日は寒かったのか、なんて今のオレは考えられない。喜多海の考えている事など解らない、解りたくもなかった。理解してしまったらいままでの関係が崩れてしまいそうで、わからないと振る舞わなければならないような気がした。けれどそう思えば思う程、今の喜多海が怖く感じた。同じ男であるのに、自分がとても弱い立場にいるような錯覚、それはきっと今の喜多海がオレを、氷上烈斗を友達としてではなく、一人の人間としてみているという事だった。それは一般からみた非常識なことであって、決して認められるような事ではない。

喜多海はオレを好きなんだ


それを再確認させられるように喜多海の腕に力がこもる。離さないとでもいうような、けれど喜多海は一言も話さなかった。まるで置いて行かないでとすがる子供のように、無言でオレを抱き寄せた。そして喜多海はやっとのように口を開いて、既に聞いたような言葉を吐いた。

「…好きだ」オレは喜多海の背中を抱きしめることは出来なかった。サッカーの試合で得点を入れた時、嬉しくてつい抱きあった時ようなあの純粋な気持ちではなかったからだ。もっと結び玉のように絡まった糸のような気持ちで、それがとても不愉快だった。喜多海かオレを好きでいる事がそもそも間違っているような気がして、すごく浅ましくも思えた。そしてオレは喜多海を、


「……」




拒絶した


オレは一言、喜多海に言った。「気持ち悪い」と。それで喜多海はオレを離し、一度も振り向かずに歩いた。オレも何もいわず、自分の家に続く道を歩いた。先程までの暖かい時間が嘘のようだ。これで良かったのか、オレは本当の事を言った。けれど凄い嫌悪感が残る。これは喜多海に対するものでなく、自分に対してのだ。けれどその嫌悪感は消えるはずもなく、オレは全て喜多海のせいにすることにした。そうだ、オレは悪くない。喜多海が抱き着いたのがいけなかった。あんな事言わなければ良かったのだ。そうすれば今も喜多海と笑いながらまた明日と言えたのに



あの日から喜多海とは口を交わしていない。むしろ喜多海とは関わらないようにしていた。当然、周りは喧嘩したのかなどと心配してくれたがあの事はだれにも話せなかった。
そして4月も中旬。桜も咲いたころ、突然喜多海はいなくなった。毎年この季節には旅に出るらしい。今まではさほど気にしなかった喜多海の旅だったが、今は何故か不安だった。毎年やっていることだからと部活のメンバーに軽く説明されたくらいで、実際は何をしているか全くわからない。クラスにも部活にも喜多海がいないというのはなんだか普段の生活でないような気がしていた。ろくに集中出来ず、最近は部活で渡されるボールを拾えなくなり、シュートも簡単に止められてしまった。勉強も、テストでは常に上位だったにも関わらず、喜多海がいなくなってからは半分以下にまで下がってしまった。自分にこれまで影響を与えたのはやはりあの日の喜多海でしかなかった。虚しくもあの日を忘れようとすればする程、鮮明に一つ一つ分割されることなく頭の中で無限に巡った。そればかりか、一緒に遊んだ時の喜多海や部活で怒られた時の喜多海、一緒にいた時の事までも思い出される。それはまるで自分は乙女みたいに。弱々しいか細な少女が想い描く恋愛のようだった。


「(女々しい…)」


頬を伝った汗を袖で拭き取る。それでも溢れるように汗は流れてトレーナーに染みる。気持ち悪い。
いっそこの汗のように溢れる目尻の水を流してしまおうか。枯れるまで流したら喜多海の事は忘れられるだろうか。自分の気持ちを捨てられるだろうか。いや、そんなことは出来るはずもなかった。
夢を描く先にはいつも喜多海がいた。毎日、喜多海との時間を思い出して胸が締め付けられ、怖くて痛くて。それでもまた喜多海との時間を夢に描く。あの日の喜多海は自分を締め付けるような表情をしていた。苦しそうな、高潮の混ざった表情だった。あんな表情をしなければオレは喜多海を友達だと今も思えたかも知れない。

今さら、オレは喜多海を好きなってしまったのだ

気付いてしまえばどう足掻こうと抗えない。オレはあの日から喜多海を想うようになった。オレがあの時言った台詞はただの表面上で一般論であって、けれど徐々にオレ自身がそういう風に染まっていた。本当は嬉しかったのかもしれない、喜多海が好きだといってくれて。はじめはそれは戸惑い、隠そうとして喜多海を拒絶しただけに過ぎなかったのかもしれない。それが喜多海を傷つけることだったとしても。
オレは喜多海が好きで好きで、どうしようもなくなっていた。

「喜多海…」


空を切るようにオレの声は車や街の音に掻き消された。こんなにも喜多海がオレの中を侵食している。好きなのに、好きだと伝えられない。伝える相手は目の前にいない。今はどこにいるのだろう、いつ帰ってくるのだろう。わからない、どうしたらいいのか、喜多海、喜多海…





…気付くには遅すぎた


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