好敵
「と、言うわけで今日から入部した苗字だ!皆、仲良くしようぜ」
6時頃だっただろう。
辺りが夕焼けに包まれる中、引っ張られながらオレは円堂にサッカー部の部室に連れて来られた。
扉を開けたと同時に言うものだから部室にいた奴らは何も言えずにただオレと円堂の顔と交互に見つめていた。
「ああ、苗字じゃないか」
「あ、風丸…」
「うん?風丸と友達だったのか?」
風丸はオレと同じクラスで席も前隣と近い。
良くノートなんかを見せて貰う仲ではあるが、確か風丸は陸上部だった気がする。
「あー、同じクラスだしな。風丸は、陸上部じゃなかったっけ?」
「今はサッカー部の助っ人で入ってるんだ。」
風丸はオレがサッカー部に入る事に疑問も無いように話してくれた。
「肩、大丈夫か?」
「あ…ああ…」
「そうか」
1ヶ月前はクラス中に色々と言われていたけれど、風丸はその一言だけで終わった。
元気出せ、とかきっと治るよ、とかそういう励ましの言葉の方がオレにとっては苦痛でならなかった。
だから飾り気のない返事がなんだか嬉しかった。
オレも風丸も互いの事なんて全く解らないけど。
だからサッカー部の助っ人をしていたなんて知らなかったくらいだ。
「ま、これからサッカー部として宜しく頼むよ。」
メンバーの人と握手する時、一年生の一人、確か宍戸に野球部でしたよね、と聞かれた。
普通を気取って「うん、今はやってないよ」って答えたけれど、今のオレは笑っていただろうか。
どのみち過去の事だと割り切らなければならないだろうし、今は他人と野球の話はしたくなかったからそれ以上は答えられなかった。
相手もそれ以上なにも聞いて来なかったし、宜しくお願いしますと一言だけ挨拶を交わして終わった。
それぞれ握手をしていく時、一際体の大きい少年というか男が仁王立ちしている。
「俺は染岡ってんだ。宜しく」
「うん、宜しく」
厳つい顔を綻ばし、握手を交わす。
染岡の体の大きさは少し羨ましく思った。
中学生にしては老けているような気もするが…。
「良かったじゃないか、円堂。部員が増えて」
風丸がフッと柔らかい笑みを円堂に向ける。
つられて円堂も目一杯大きく笑った。
「それじゃあ練習やるぞぉ!」
「え、今グランドはラグビー部が…」
と言いかけた瞬間部活メンバーが一斉に立ち上がり部室から出て行った。
なにかと思えば既にバッグを手に持って校門をくぐり走り去って行く。
え、帰るのか?なんて思ったけれど何故だか円堂にジャージの襟を掴まれ、知らない場所へ連行されたのだった。
「さぁ!特訓始めるぞ!」
着いた場所はなんとも夕焼けの綺麗な処だった。
太陽が半分街の平面によって隠れている。
ビルのガラスが反射して眩しいくらい光っていた。
「こんなところで何の特訓をすんだよ?」
「ああ!苗字もちょっと来いよ!」
円堂に手招きされた場所に歩みよると先程走り去って行った部員達がタイヤを持ってやって来た。
「つ…かれた…」
汗を拭う半田が一息ついてタイヤをオレの前に置いた。
大きさ的に…トラックのタイヤだろうな。
かなり汚れてるところから捨てられていたものだろうか?
「コレ、お前の分だからな」
「あ、ありがとう、うん?」
タイヤで何をするのだろうかなんて考えていたらいきなり円堂が腰にタイヤを結んだ紐を腰にくくりつけていた。
まさかアニメみたいな事をやる訳でないだろうな。
「よし!皆行くぞ!」
「え、あれ?いつの間に!?」
気付かぬうちに自分の腰にもタイヤと結んだ紐が縛り付けられていた。
周りを見渡すと、風丸が何やら口元が月型に歪んでやがる。
お前か。
円堂に続いてメンバーが走りだす。
タイヤでひかれた道に砂ぼこりが立ち上がっていった。
「ほら、置いていかれるぞ」
風丸がオレの肩を軽く叩いてから走り出す。
走り出した風丸はタイヤを引きずっていようが速かった。
すぐに一年生たちを抜かしてしまう。
「ビリの人は秋がおにぎりなしだって!」
それが狙いだったのか。
畜生!なんだかお腹が減ってきた。
さっさと終わらせてご飯が食べたい。
『ランニングでビリだった奴はおにぎりなしだってさ!』
あ…つい思い出してしまった。
まだ引きずっているなんて情けなくなる…
あの時はランニングが遊びに思えるくらい楽で、練習が終わった後の談笑は凄く楽しかった。
1ヶ月動いていなかった割りには、衰えてないか…。
いざ走ってみるとやっぱり一ヶ月前と変わらない感覚だった。
走れる。
肩をあまり振らなければオレだって出来るんだ。
「負けるかぁ!」
だっと駆け足になる。
結構離れていた皆を追い抜かしてやる勢いでオレは走り出した。
元野球部の底力、見せてやる!
「うへ!?」
一番後ろにいた巨体の一年生を抜かして、すぐに小柄な少年も抜かす。
二人、三人、四人五人
やっと風丸の背中に追いついた。
速い。
風丸は陸上部なだけに足が物凄く速かった。
多分、いや絶対。
スピードは風丸に勝てないだろう、けれど。
「風丸!」
ちらりと風丸がこちらを向く。
額にいっぱい汗をかいて少し息が荒い。
「なんだ!」
お互い声を上げる。
何だか楽しい。
青春っていうのかな、夕日の中でバカみたいにタイヤをぶら下げて走るのが楽しくで仕方がなかった。
「お前!…速いけど!っ負けないぜ!」
ライバルだなんて考えて無かったけど、今凄く風丸に勝ちたくなった。
風丸を抜かしてやる。
スピードで勝てないんなら、
「うおおおおーー!!」
スタミナで補う!