海
オレが10歳頃だ。
相変わらずオレは海が大好きでどんな時でもサーフィンをしていた。
青い空、青い海、高波がオレのサーファー心を湧き立たせる。今月は6月。沖縄ではもう海に入るものはいない。オレですら真夏に海は入らない。けれど今日は違った。雲行きが怪しい日。気温も沖縄の春くらいできっと荒波が来るに違いない!オレは海を制する男になるんだから荒波なんて怖くないのさ。
と思いながら水着に着替えてサーフボートを担ぐと丁度、いとこの名前が家にやって来た。タイミングの悪さだけは人一倍だと思う。前にも高波の時にサーフィンへ行こうとしたら止められた。でも今日は絶対に行くと決めたんだ。海がオレを待っているんだからな!
「条介!あんたまたこんな日に海に入ろうだなんて思ってないでしょうね?」
「名前にはわからないのさ!海がオレを呼んでるのが」
「なに言ってんの…」
わけわかんない事言ってないで早く家の中に入りなさい。あんたのママさんが心配するわよ、って言われながらオレは名前に担がれた。女の力じゃねぇって叫んだら海の女をなめんなよって言われた。
名前は海の家で働いている。男は食って飲んで踊ってるやつが多いから海の家にはいつも名前が働いていた。オレを持ち上げられたのも重い荷物を毎日持っているからだってオレは知ってる。そこは凄いって思えるけど、今日は絶対に海に入るって決めたんだ!今日は名前の言うことなんて聞かないって決めたんだ。
「離せよ!バカ名前!」
「バカは余計よ!バカ条介!家に入るわよ!」
「いーやーだ!絶対に入るもんか!」
オレは名前の腕から無理やり抜けて、落としたサーフボートを拾って浜辺まで走った。後ろで名前が「待ちなさい」とか「危ないわよ」とか言っていたのも気にしなかった。
浜辺にくるとやはり波は荒れていて、高さがオレの身長の何倍もあった。オレに乗れない波はない!そう自信満々にオレはサーフボートを海に投げて、足のつかないところまで泳いだ。
「よし、この辺でいいだろ…」
と思った矢先に丁度よい波がやって来た。オレは水面が上がる瞬間にサーフボートを片手で掴み、空いた手で海水をかき始める。初めは順調に波に乗れて、気分は最高潮だった。
「もっとデッカイ波、来ないかな」
そんな時、地平線が盛り上がるのが見えた。かなり大きい波だろう。これはチャンスだ。オレは海を制する男!大きい波だって乗れる!
徐々に波が近付いてくる。引き潮が湿った砂浜を晒して貝殻がコロコロ転がった。
来た来た。大波だ!
オレは盛り上がった水面で手をかき、ボートに足をかけた。その時
「えっ…」
ボートにかけた足を滑らせ、オレは海の中に落ちた。
そして大波はオレが叫ぶ瞬間も与えないままのみ込んだ。
海の中で何回も何回もぐるぐるまわされて、息が出来ない。苦しくて苦しくて口の中にたくさん水が入ってきた。
(かあちゃん!助けて!助けて!名前!名前!助けて!苦しいよ!名前!名前っ!)
オレはずっと頭の中で助けを求めながら、徐々に意識が薄れていった。オレ…こんなところで死んじゃうのかな?…名前の言うこと聞けばよかった…ごめん、名前…
「条介ー!!」
8月のお盆。
オレは一つのお墓の前に座っていた。手を合わせて目をつぶった。しんと周りが静かになる。
あの時、一瞬だけ波に浮かんだオレをとっさに名前が助けてくれた。荒波の中、必死になってオレを担ぎながら浜辺まで引き上げてくれたらしい。お母さんが言うには、浜辺にあげられた時、オレは名前の胸にしがみついていたって聞いた。奇跡的にオレは海水をあまり飲み込んでいなかったから助かったって医者にいわれた。ただ名前は…
「お墓参り終わった?ちゃんとおじいちゃんの前でのんのさんするのよ」
「子供扱いすんなよ!今時のんのなんて言葉使わねーって!」
オレは走って、差し出した名前の手をぎゅっと握った。名前はオレの手を握り返して、ゆっくりオレの歩幅に合わせて歩き始めた。
「今日は冷やしそばだってさ」
「げっ!またかよ!オレ冷やしそば飽きたー!」
「文句言わないの!夏バテにならないようにしっかり食べなよ?」
「ふへーい…」
名前はピンピンしていた。